第20話 「死ぬまでずっと」

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一筋の光も差さない水中は、当然ながら深淵の闇が蟠っていて何も見えない。
そしてトンネル状になっているため、水面に顔を出して息継ぎすることも出来ない。

 

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(水が冷たい…重い)

地図で事前に得た情報、そして水中呼吸の霊薬の効果だけがメイの命綱だ。
その事実に加え、潜水服を着込んでいても伝わる水の冷たさが否応なしに不安を増幅させる。

しかし、地図の通りなら一本道だ。そして、十分に薬の効果が持つ時間内で着ける距離だろう。
そう信じて、重い水を掻き分けながら進む。

(何の前情報もなしに、初めてこの侵入経路を見つけた人はどんな気持ちだったんだろ)

メイの予想が正しければ、それはメルセルだ。
地図に記載してあったあの字はメルセルのものだとメイにはすぐにわかった。
ある程度の安全性が保障されているメイでさえ、この暗闇と冷たい水には本能的な恐怖を禁じ得ない。
この侵入経路を発見するには自ら潜るしかないが、前情報もなしにそんな無謀な行為に踏み切るなど、勇気と無謀を履き違えた馬鹿のすることにしか思えない。

 

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(でも、ちゃんと侵入経路として発見したんだよね)

すごい、と率直に思った。
おそらくメルセル本人はその発見について大っぴらには触れ回らず、役に立つ情報として地図に記載する程度に留めたのだろう。

(そーいうところが、やっぱりギルドマスターなんだよね…
うっざい新人は、パッと見だけで勝手に決め付けちゃってるけど。
ま、どーでもいいけどね。どーせ、そいつらの殆どがすぐにいなくなっちゃうし)

 

「あんたは水の抵抗を受けにくい身体付きをしてるね。
それに、小柄なのも潜入には何かと有利さ」

不意にヴェックスの言葉が脳裏に浮かんだ。
ヴェックスは盗賊としてすこぶる腕が立つのはもちろん、良き教え手でもあった。
メイは彼女から様々な手解きを受けてきた。
ヴェックスから盗賊のいろはを習うことなく、自己流のままで来ていたら一端の盗賊になることさえ出来ていなかっただろう。
潜水についても、ホンリッヒ湖でかなり扱かれた。
お陰でこうして潜入の役に立っている。

(絶対に成功させるからね)
メイは改めてそう誓った。

 

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(確か、こっち…あれっ?)
地図は頭に叩き込んだが、検討を付けておいた侵入口が見つからない。
間違えてかと思い、焦燥感が湧き上がる。
頭に血が登りそうになるのを何とか抑え込み、努めて冷静になりながら手探りで周囲を伺う。
侵入口はすぐに見つかった。
しかし、同時にぞっとしないものも見つけてしまった。

(嘘…)
非情な現実を前に愕然としてしまう。
何と、侵入口になる筈の穴には死蝋化した死体が挟まっている。
もちろんこのままでは向こう側に行くことも出来ない。
それだけでもメイにとっては十分に災難だが、死体がメイと同じ潜水服を纏っていることが更に拍車をかけた。
おそらくギルドの構成員の誰かだが、死後それなりの時間が経過しているらしく顔どころか性別さえ判別出来ない状態だ。

ならば脆く崩れ去ってくれるのではないか。
そう考えて死体を蹴ったが、期待に反して靴底に強い弾力性を感じた。
最初は申し訳なさもあって遠慮気味に蹴っていたメイだが、そんな遠慮など簡単に消し飛ぶ。
仲間と思しき人物の亡骸は、最早ただの障害物にしか見えない。
全身を使って思い切り押すが、水中という不安定な状態ではあまり力が入らない上に、腐敗ガスで膨張した死体は穴にしっかり食い込んでいる。

(これは…無理かな)
押しても引いても障害物はびくともせず、取り除くことは不可能に思えた。
こんな時こそ頭を切り替えて、次に取るべき行動を考えなければいけない。
予定していた侵入経路を使えない以上は一旦引き返すのが得策だろう。

後のことはまた後で考えるしかない。

 

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メイがはそう決断して身体の向きを変えようとした時、息苦しさを覚えた。
どうやら薬の効き目が切れかかっているようだ。

「…っ…!!」
通って来た経路は息継ぎなしで泳ぎ切るには長すぎる。
今から引き返しても水面へ出る前に溺れてしまうだろう。

がむしゃらに何度も死体を蹴ったが、やはり穴に挟まったままで動かせそうにない。
そうしている間にもどんどん呼吸が苦しくなってくる。
脳が焼けつくような痛みを訴えている。

 

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(うっそ…こんなところで?)
焦りと冷たい恐怖感が襲ってくる。

 

(こいつがギルドの資産を無駄にしないことを願うよ)

ともすれば遠退きそうになる意識の中、いつぞやのメルセルの言葉が脳裏に蘇った。
それは、まるで間近で本人が発したかのように鮮明な声として響き、メイを我へと返らせた。

あれは確か、6年前にブリニョルフに連れられて初めてギルドを訪れた時のことだ。
年端もいかない「新人」を前に、メルセルは「ここはいつから孤児院になったんだ?」と皮肉を言った。
それに対してブリニョルフは「こいつは今はまだガキだが見込みがある、いずれはギルドのために目一杯働いてくれるようになるさ」と答えた。
それに対して、メルセルはあの言葉を放ったのだ。

既に水中呼吸の霊薬を消費した。
任務に失敗しても成功してもこの事実は変わらない。
そして失敗するということは即ち、あの日のメルセルが言ったようにメイがギルドの資源を無駄にしてしまうということだ。

「…ッ…」
いかに人手が足りない時とは言え、この任務を任せたからにはメイのことをそれなりには評価していたということだ。
メルセルはメイの死など頓着しないが、あいつも所詮はその他大勢の役立たずの1人に過ぎなかったと失望するだろう。

それは嫌だ。それだけは、絶対嫌だ。

 

メイがギルドの一員になってから6年。
その間、ギルドに加入した新人を何人も見てきたが、その過半数が何の成果も出せないままいつのまにかいなくなっていた。
単に抜けただけの者もいたが、ヘマをして命を落とした者も少なくはない。

死ぬこと以上に、自分も「その他大勢」の1人として忘れられてしまうことのほうがずっとずっと恐ろしい。

 

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ならばどうするかと考える前に身体が動いていた。

水中で身体の向きを変え、引き返すようにして死体から離れる。
そして力の限り水を蹴り付け、獲物を見つけたスローターフィッシュのごとき勢いで頭から死体へと突進する。

 

物理法則に干渉し、現実世界に何らかの変化をもたらす魔法を変性魔法と呼ぶ。
その内の1つで、水中での移動速度を一時に限り劇的に高める呪文がある。
もう随分前に呪文体系を習ったものの長らく忘れていたが、今この瞬間記憶の淵から浮かび上がった。

 

遠い昔、メイがまだスカイリムに来る前のこと。
メイは生家にて実母から魔術の英才教育を受ける日々を送っていた。
それは、待や拷問と言い換えることも出来るものだった。

しかし実母の健闘も虚しく、メイには彼女のような才能が開花することはなかった。
メイにはどんな初歩的な魔法さえ成功させることは出来なかった。

そう、この時まで。

 

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先ほどまで水の抵抗を受けて思うように動かせなかった身体は、生身の人間ではありえない推進力で死体を穴から強引に押し出し、その勢いのまま向こう側へと躍り出た。

(よし!)

 

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必死で水を掻き分けて、今度は水面を目指して昏い水中を進む。
肺が焼け付くように熱く、頭に鋭い痛みが走る。

 

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冷たく重い水の向こうに朧げな光が見えた時、それが希望そのもののように映った。

 

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「ぷ、はっ!」
やがて頭が水面に出た。
久しぶりのように感じる空気を肺一杯に吸い込む。こんなにも空気をありがたいと思ったことはこれまでなかった。

水中から出てその場にへたり込み、呼吸が整ってきたところでやっと周囲を見回す余裕を持てた。
(ここが貯水槽)

(そしてドラゴンズリーチの地下。あたし、ここまで来たんだ)
際どいところではあったが、何とかドラゴンズリーチ内に潜入することは出来た。
しかし、ここからが本番だ。

先ほど自分が魔法を使ったことも気になりはしたが、今はまず任務にだけ集中することにした。

 

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水を吸って重くなった潜水服を物陰に隠す。
隠密行動の際にはお荷物にしかならないが、決して安価なものではないから、出来れば後で回収したい。
下着姿になったメイは、髪の水分をよく切り、慎重な足取りで歩き出す。

身に着けているのは潜入に最低限必要な小道具のみ。
一応ダガーを携帯してはいるが、あくまで開錠のための道具という側面が強く、護身用には心許ない。

 

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貯水槽の周囲に人の気配はない。
耳を済ませ、足音を殺し、広い渡り廊下を進む。

さすがに首長の居城とあって蝋燭や松明を惜しみなく使用しているが、この広い空間全てを照らし出すことは不可能だ。
むしろ強い光は濃い影を生み出し、そしてその影はメイのような招かれざる客にとって格好の隠れ場所となる。
たまに渡り廊下を衛兵が巡回していることもあったが、柱の陰に隠れてやり過ごした。

 

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先ほど危うく溺死しかけたというのに、今のメイは不思議と落ち着いていた。
仮に、見つかって捕まることになったら相当にまずい展開になる。
偉大なる首長の居城に忍び込んだネズミに対して、おそらく容赦はない。
ここで何をしていたか、誰に命じられたか、問い詰められるされるだろう。
暴力や拷問という手段も交えて。

しかし、影に紛れて禁じられた場所に忍び込み、何かを盗み出すというのは他の何にも代え難い高揚感をメイに与えてくれる。
それは、生きているという実感、あるいはやっと本来の自分に戻ったという安心感とも言える。
これまでの簡単な任務の中でもそれらを感じたことはあったが、今ほど強く実感したことはない。

 

(あたし、盗賊になるんです)

ブリニョルフに連れられてメルセルと初めて対面したあの日、10になるかならないかの「新人」の加入を渋る彼に対して自らそう宣言した。
街でブリニョルフから勧誘を受けるまで、自分が盗賊になるなど考えたこともなかったが、すぐに盗賊こそが自分の天分なのだと悟った。

この先何があっても、死ぬまでずっと自分は盗賊なのだとメイは確信している。

 

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(ここかな)
やがて立派な扉の側まで辿り着いた。
この扉の向こうは特別な棟で、首長や執政の部屋もそこにある。

 

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しかし、予想通りというべきか見張りの衛兵が立っている。

「ここで何をしている?」
さてどうしたものか。頭を悩ませていると衛兵が言葉を発した。
見つかったのかと身構えるメイだが、杞憂に過ぎなかった。

 

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見ればすぐ近くにサファイアがいて、衛兵の視線は彼女へと向けられている。

「あら、ごめんなさい。
おじさま…オルフリッドに連れて来て貰ったのだけど、途中で逸れて道に迷ってしまったの。
えーっと、ここはどこかしら?」

そう言いながら首を傾げるサファイア。
オルフリッドの名を出したことで、衛兵の態度が軟化する。
サファイアの美貌と無邪気そうな様子もいくらか貢献しているだろう。

 

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「ということは、あなたはバトルボーン家の縁者だろうか?
あー、広間に戻るならこの回廊を…」
「私、グレートポーチに行ってみたいわ。
オラフ王の時代にそこでドラゴンを捕まえて、それがドラゴンズリーチの名前の由来になったのよね?
良かったら案内して貰えないかしら?」
「いや、それは…」
「…駄目、かしら?」
「あー…その、わかった。ただし、グレートポーチのところまでだが…」
「本当!?ありがとう!」

 

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衛兵は渋りながらも、サファイアを伴ってその場から離れる。
持ち場を空けることへの抵抗もあったが、見張りというのは得てして退屈な仕事だ。
交代の時までその場に立っているだけというのは、一見すると楽なようだが実際はかなりの苦行だ。
それにそうそう滅多なことなど起こらないし、美しい女性に道案内を頼まれれば「少しぐらい持ち場を離れても…」という気になってしまうのは無理もない。

そして、間の悪いことにその場を離れた時に限って何かがあるのが世の常だ。

 

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十分に2人がその場から離れたのを確認ししてから、メイはトニリアに用意して貰った特製のロックピックで開錠に取り掛かる。
このロックピックは、何でもドラゴンズリーチで使用している鍵に合わせた形状にしてあるらしく、ドラゴンズリーチ内の鍵に限っては開錠が容易になると説明を受けた。
そのロックピックの効果のほどは、開錠を始めて程なく響いた小気味いい音が教えてくれた。

 

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扉の先には、一際立派な空間が広がっている。
いくつかの扉があるが、用があるのは首長の部屋と執政の執務室のみだ。

 

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執政の部屋に忍び込んだメイは、まず執務机へと向かった。
豪奢な造りの机の上に羊皮紙の装丁の帳簿が置かれており、これが入所者名簿だろうと見当を付けて頁を捲る。

 

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最新の頁にアーンの名前を見つけた。

律儀に本名を書かなくとも偽名でも使えば良かったのに、と思いながら机の上の羽ペンでアーンの名前に手を加えて全く別人の綴りへと書き換える。
とは言え、アーンもその時酔っていてそこまで頭が回らなかったのかもしれない。
それに、手配書にはおそらく本人の身体的特徴や似顔絵なども添えているだろうからどちらにせよ特定されるのは時間の問題だったに違いない。
これで入所者名簿のほうは片付いた。
次は首長の部屋から件の手紙を盗み出すだけだ。

 

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首長の部屋は3部屋に分かれた造りになっている。
入ってすぐの部屋は食事や会談などを楽しむための部屋で、その左側の部屋は寝室、そして右側の部屋が執務用の部屋となっている。
メイが目指すのは執務用の部屋だ。

 

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机の上に何通かの手紙が置かれている。
その中に、ソリチュードから送られてきたものを示す印璽を捺した封蝋で閉じた手紙を見つけた。
これで間違いないと確信したメイだが、念には念を入れて手紙の内容を検める。
そこには「ソリチュードで殺人を犯したアーンという人物を追っている」と記されている。

間違いない。
これこそが、アーンの…そしてギルドの運命を分かつ手紙だ。

 

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その手紙を腰に下げた革製のポーチの中に仕舞う。

これで良し。
後は見つからずにここから脱出するだけだ。

 

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その時、視界の端に何かが映った。
メイは思わず部屋の端に置いている棚を振り返る。

 

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首長はあまり整理整頓は得意ではないのか、棚には統一性のない書物や羊皮紙、それにダガーや林檎までもを一緒くたになって並んでいる。
メイの気を引いたのは、棚の下段に無造作に置いてある赤い石だ。

 

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長らく放置されていたのか、その石は重い本の下敷きになって埃を被っている。
その石自体はあまり価値の高いものではなさそうだが、しかしメイはどうしてもこの石が気になってしまう。

今回は明確な任務があり、侵入の痕跡は可能な限り残さないよう努めた。
部屋から出た後で再び施錠し、いつもの手癖の悪さも発揮しないようにした。
執政の部屋に置いてあった豪華な砂時計を前にしても、盗みたいという欲望を抑えることが出来たのだが…。

なのに、今はどうしてもあの赤い石を持ち出したいと思っている。

 

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(…大事にされてる風じゃないし、別にいいよね?)

結局、メイは石をポケットに入れた。

 

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メイは気を引き締めて扉へと向かう。
把手に手を伸ばしかけたその時、扉が開いた。

 

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(えっ!?)

 

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開いた扉から人影が差し込み、そして部屋へと入って来た。

 

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