第23話 「価値ある存在」

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メイとサファイアとが墓地の入り口を通ってギルドへと戻ると、案の定と言うべきか、貯水池に重苦しい空気が充満している。
貯水池にいる構成員は、次の仕事の下準備として地図に目を通したり、自分の商売道具の手入れをしたりと、「いつも通り」に過ごそうとしてはいるが、それでも違和感は完全には隠し切れない。

 

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フラゴンのほうも、やはり貯水池と同様だ。
デルビンは席に座って何らかの書類に視線を向けているが、そこに書いてある文字の羅列を追っているようには見えない。

「デルビン、今帰ったわよ。
…ねぇ、デルビン?」

 

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「え!?
ああ、戻ったか。すまないね、少々ぼっとーしていた」
「…でしょうね」
サファイアは嘆息した。

「既に報告は受けていると思うけれど、私たちのほうは上手くいったわ。
今後、バトルボーン家はギルドの支援者になってくれるわ」
「ああ、オルフリッドから謝辞が送られてきたよ。よくやってくれた」
「ええ、メイは上手くやってくれたわ。
…ヴェックスはどうしてるの?」
「私の知人の医者を呼んで一通りの手当は済んだ。今は奥で眠っているよ」
その医者曰く、決して浅い怪我じゃないが命に別状はないらしい。
暫く安静にしていれば、特に後遺症も心配ないという話だが…」

そう言って詰めていた息を吐き出し、項垂れる。

 

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サファイアはそれを聞いて少し安堵したが、それでもデルビンの気持ちもわかる気がした。

デルビンは、ギルドが何らかの存在に呪われており、それが凋落の要因なのだと常々口にしている。
ギルドが栄華を誇っていた時代はサファイアが生まれるよりも昔のことで、当然ながら彼女はその時代を知らない。
デルビンの言う呪いというのもまるでぴんとこないが、盗賊稼業が過酷で常に危険と隣合わせかは常々実感している。

ヴェックスはギルドでも随一の腕を誇る盗賊で、これまであらゆる任務を危なげなくこなし、ギルドに価値のある宝を持ち帰って来た。
彼女の存在は、ギルドに富をもたらしてくれるという意味のみならず、ギルドの構成員にとっていわば希望の星だったのだ。
そんな彼女の身に起きたことが、ギルド全体の士気にに少なからぬ影響を及ぼすのは必然。
それこそ、ホワイトランの任務を経てメイとサファイアが成し遂げたことを打ち消してなおも釣りがくるぐらいに。

特にデルビンだ。
彼はギルドの最盛期を知る数少ない1人で、ギルドの生き手引きともいうべき存在だ。
デルビンはギルドの栄光からの衰退を長きに渡って間近で見て来た。
そんな彼にとって、バトルボーン家からの支援要請は久し振りの光明だった筈だ。その矢先に、他ならぬヴェックスが任務に失敗して重傷を負った。
デルビンがどれほど打ちのめされたか察するに余りある。

(尤も、ギルドの益だけの問題じゃないでしょうけどね)
ヴェックスに冷たくあしらわれながらも全くめげないデルビンを尻目に、「いつまでも無駄に元気よねぇ」などとサファイアはよく思っていたものだ。

「ヴェックスはじきに回復するだろう」
半ば自分に言い聞かせるようにデルビンが言った。
そうね、とサファイアは頷く。
ここに至り、サファイアは先ほどからメイが一言も発していないことを思い出した。

それはヴェックスの身を案ずるあまりだとブリニョルフもサファイアも思ったのだが、何だか様子がおかしい。
「メイ?」
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「ヴェックス、大事な任務に失敗したんだね」

 

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メイの口から出た言葉には、ヴェックスに対する心遣いなどまるで感じられない。
そのことに、2人とも少なからず驚いた。

 

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「あれは失敗とは言えない」
フラゴンに入って来たばかりのニルインが言った。
確か彼はヴェックスと一緒にこの作戦に参加していた筈だ。

「そーいえばニルインも一緒に行ったんだよね。確か、ハチの巣に弓矢で火を着ける役だっけ?」
「ああ。ま、それどころじゃなかったけどな」
「ってことは、ニルインまで失敗したの?」
「お前…」

 

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メイの様子に違和感を覚えたニルインが言い淀む。
思わず、薄気味悪いものを見るようにメイを眺める。
メイはと言えば、らしくもなく冷静で落ち着いている。

 

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サファイアとデルビンも、呆気に取られてメイを見遣る。
ヴェケルだけはカウンターの向こうで、いつもと変わらぬ様子でグラスを磨いている。

ヴェックスが任務に失敗した。
それどころか、大怪我を負って逃げ帰って来た。
これだけでも、よほどの事態だとギルドの構成員なら誰でも理解出来ることだ。
メイならば、こんな時は驚いて慌てふためきヴェックスの身を案じるものだとこの場にいる誰もが考えた。
しかし、この冷淡とも言える落ち着きはいった何だ?

 

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「ヴェックスは自分の才能に胡坐をかいて準備を怠ったわけでも油断したわけでもない。
でも、まさかあんな…
あんな怪物が…」
そう話すニルインの口調に、恐怖の色が混じる。

彼が語った内容はこうだ。
ヴェックスは事前にゴールデングロウ農園の間取りを隅から隅まで頭に入れ、侵入経路を吟味した。
月のない夜、ヴェックス他少数のギルド員を乗せた小舟でホンリッヒ湖を渡り、ゴールデングロウ農園の裏手から敷地内へと侵入した。
屋敷の警備はさすがに厳重で、ヴェックスが侵入口として選んだのは今はもう使われていない地下道だ。
その地下道へ繋がる入り口は既に封鎖されていたが、ヴェックスはごく僅かな隙間からでも侵入出来る。適当な隙間を見つけ、地下道へと降りた。

ここまで来れば後は簡単だ。
地下道から直接屋敷内に入り込み、目当てのものを手に入れ、ついでに他のお宝も失敬して小舟へと戻り、それからニルインがいくつかの蜂の巣を火矢で燃やして任務完了となる手筈だった。

ところが、ヴェックスが地下道へと降り立って暫くしてから、彼女の悲鳴が聞こえた。
這う這うの体で地下道から出てきたが、その時彼女は既に血塗れだった。
彼女を追うようにして、地下道から恐ろしい咆哮が轟いたのはその直後だ。地下道から出ようとするように暴れ回っていたようだが、どうやら「それ」にはヴェックスが利用した隙間は小さすぎた。
異変に気付いた傭兵たちが、自力で立つことさえ困難なヴェックスへと次々と集まり、侵入者が女だと気付けば卑猥なことを喚き立てた。
ニルインは彼らに向けて矢を放った。
その矢は闇夜にも関わらず、傭兵たちを正確に打ち抜いたことだろう。

「殺ったの?」
「いや。でも、膝を打ち抜いてやったから暫くは歩けない奴もいるだろうな」
傭兵たちが怯んだ隙に、小舟で待機していた他のギルド員がヴェックスを担ぎ上げて舟へと引っ張り上げた。

「その後はとにかく必死で逃げたよ。向こう岸に着いた後、身を隠しながらヴェックスの応急処置をしたけど、そりゃあ酷いもんだった」
その時の怪我の程度を思い出したのか、ニルインは沈痛な面持ちで言った。

「でも、いったい何だったの?スキーヴァーや蜘蛛程度ならヴェックスが取り乱すとは思えないわ」
「いや…俺にもわからない。ただ、普通の動物じゃないことだけは確かだな」
ウッドエルフは、個人差はあるものの動物を操る能力を持っている。
ニルインもおそらくはそれを試みたに違いない。しかし「それ」は彼が知っているどの動物とも異なる存在で、操ることは不可能だったというところか。
「なるほどねー」
メイは頷いた。

 

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「その怪物だか化け物だかが怖くて、何の成果も出せないまま怪我だけして帰って来たんだ?かっこ悪いね」
「…っ!お前…!」

メイのこの言葉にはさすがにニルインも言葉を失う。

 

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突発的に手を上げそうな彼とメイの間に、すかさずサファイアが割り入る。

「ちょっと、止めなさいよニルイン。メイ、あなたもいい加減にしておきなさいよ」
「いい加減にするって何を?あたし、ホントのことしか言ってないよ?
だってさ、ヴェックスはゴールデングロウ農園に何しに行ったの?
怪我するためじゃないよね?」

火に油を注ぐような言葉を平気で放つ。
事態がより加熱するかに思えたその時、静かな、それでいて有無を言わせぬ威圧感を纏う声音が響いた。

 

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「その辺にしておけ」
「メルセル!」
「ますたー…」
「そいつを殴ったところで何の解決にもならない」
「ああ…まあな」

外から帰ったばかりらしきメルセルが、いつのまにか近くに立っていた。
まだ納得出来ない様子ながら、彼の言葉を正論として受け止めたニルインはメイから離れる。
彼はこれまで仲間に手を上げたことも、それどころか本気で腹を立てたことさえなく、自分の行いに少なからず驚いていた。
気まずさもあってか、今はメイのほうを見ようともしない。

 

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「おそらくはウェアスキーヴァーだろう」
メルセルが言った。

「え?」
「どういう条件下でかは不明だが、時にスキーヴァーが突然変異を起こすことがある。
そいつは通常のスキーヴァーより遥かに巨大で、サーベルキャット並みの敏捷性と凶暴性を持つ。
更にはどんな劣悪な環境でも長く生きる生命力に加え、知能も高く、厄介なことにトロール並の再生能力まで持っている。
視力が退化した分、聴覚と嗅覚は並外れて発達しているから、人間が影に隠れてこいつの「目」を欺くのは不可能と思え」

メルセルの話を聞いた全員が思わず息を飲んだ。
影は盗賊にとって心強い味方だが、それは相対するのが光の中に生きる存在の場合だ。
明るい場所から暗い場所を見るのは困難で、影の中を自由に歩き回る盗賊は、そこから獲物へと手を伸ばす。
しかし暗闇に生きる存在に対して、影の歩みは無力だ。

「うっかりそいつに遭遇したらその瞬間詰んだも同然ってわけか」
「奴の住処いは近付くな…と言いたいところだが、あいつはまるで存在しないかのように息を潜めている。
しかもスキーヴァーが生息可能な場所なら、どこにでも潜んでいる危険性がある。
滅多に遭遇することはないだろうが、そうなった時は自分の不運を恨め」
メルセルはニルインの言葉に頷き、忠告とも言えないような忠告をした。
これにはニルインも苦笑するしかない。

 

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「ますたーはそいつに遭遇したことあるんです?」
唐突にメイが言った。
そういえばその怪物について彼が随分と詳しいことに他の者も気付いた。

 

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「お前も長く盗賊を続けていれば、その内どこかで出会うだろう」
と、事も無げに言った。
つまりは肯定なのだろうとメイは判断した。

 

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「ヴェックスを生かしたのは一重に彼女の判断能力だ」
メルセルはそれだけ言うとフラゴンを後に歩き出す。

ほんの短い一言ではあったが、メイはそこに彼のヴェックスに対する称賛や信頼を感じ取った。

 

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メイは何となく面白くない気分で、その後ろ姿を見送った。
彼の向かう先がヴェックスがいる部屋だということに気付いている。

 

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メルセルが去った後、ニルインは決まり悪そうに「そういえばまだやることがあった」と言ってその場を後にした。

暫し重苦しい沈黙が落ちたが、それを破ったのはメイだ。
くるりとデルビンを振り返る。

「さっきサファイアが言ってくれたけど、あたしちゃんとやり遂げたよ」
…デルビンはあたしが失敗するって決め付けてたけど」

半眼になるメイに、デルビンは苦笑を浮かべた。

「その件について、私が君を見誤っていたことは謝らなければな。
いや、しかし君の身を案ずる気持ちもあったんだよ」
「ふぅん…?
ま、いいや。何にしたってちゃんと成功したんだしね」

それだけ言うと、メイはメルセルが向かったほうへと歩き出す。
デルビンとサファイアが慌てて静止に入る。

「いや、今は止めておいたほうがいい」
「そうよ、ヴェックスのお見舞いに行くなら後にしなさい」
「わかった。後にするのを後にするね」

意味不明な言葉を口にしながら、メイは足を止めない。
そんなメイの背後で、デルビンとサファイアは顔を見合わせて肩を竦めた。

 

 

 

 

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一度自分の部屋に戻って荷物を置き、着替えを済ませたメイは、ヴェックスが休んでいる部屋の前に立って気配を隠そうともせずに中の様子を伺う。
まず見えたのはメルセルの後ろ姿。
彼は寝台の前に立ち、そこに横たわるヴェックスを見守っている。
ヴェックスは今は眠っているが、時々苦しそうな呻き声を漏らす。
傷が痛むのか、あるいはあの時の記憶に苛まれているのか。もしかしたら両方かもしれない。

 

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部屋の中に入ったメイはメルセルのすぐ斜め後ろに立ち、ヴェックスの顔を覗き込む。
元々肌の白いヴェックスだが、今は殆ど血の気がないように見えた。
端正な顔に苦悶が浮かんでいる。

元気からは程遠いが、呼吸も安定しており、デルビンから聞いた通り命に別状はなさそうだ。メイはどこか冷めた目で彼女を眺めた。
こんな時にも関わらず、メイは改めてヴェックスは綺麗だと思った。
気が強く率直な物言いをするヴェックスは、ともすれば険のある印象を与えがちだ。
しかし今の彼女は険や鋭さは身を潜め、故に本来の美貌だけが際立たせている。
どこか造り物めいた、価値の高い芸術品のような、そんな風に思えた。

 

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そういえばメルセルは先ほどから一言も発さない。メイが入って来たことに気付いていない筈はないが。
メイは彼の横顔を伺い、その瞬間凍り付いた。

 

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メルセルの顔には、一見しただけでは何の感情も浮かんでいないが、ヴェックスに向けた万緑色の目にいつもの鋭さはない。
他の者が今の彼を見ても、無表情にヴェックスを見下ろしているようにしか映らないだろう。

 

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しかしメイは違う。
思わず視線を落とす。
そうすることで、再びヴェックスの顔が目に入った。

メルセルがナギを連れてギルドに戻った時に、メルセル自ら新入りを連れて来るなど久しくなかったし、今までも数えるほどもなかったと言ったのは確かデルビンだったか。

今、メイはある確信を抱いていた。
メルセルが最初に連れて来たのはヴェックスだ。

 

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ヴェックスは、彼がこれまでに得たお宝の中でも他に代え難い価値のある最高のお宝だったに違いない。
何しろ自ら思考し、頭も切れて腕も立ち、独りでに動き回ってその価値をいや増すお宝なのだ。

詰まるところ、メルセルにとって大切な大切な存在。

 

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「……」

見てはいけない、絶対に見たくないものを見てしまったかのように、メイはその場から走り去りたい衝動に駆られた。
しかし敢えてそうはせず、その代わりにメルセルに声を掛けた。

「ますたー、あたしもサファイアも今戻りました。
って、もう知ってますよね。さっき一度会いましたもんね。
でも、もしかして気付いてなかったりします?
あたしたちに何も言わなかったから、もしかして任務を終わらせて帰って来たってことに気付いてなかったかなーなんて」

そう言いながら、恐る恐るメルセルを伺う。
メルセルは視線だけを僅かに動かしてメイを横目で見た。そんな彼の目には苛立ちが浮かんでいる。
よしよし、それでいい。メイは内心でほくそ笑んだ。
どんな感情に起因していたっていい、彼の意識を自分のほうに向けさせたことに歪んだ満足感を覚えた。

「報告することがあるならデルビンにしろ」
「ええ、だからデルビンにはもう伝えましたってば。
やだなー、そんなの当たり前じゃないです?
でも、ほら、あたしをこの任務にすいしょーしたのってますたーですよね?
だから、デルビンに報告したその足でますたーにも報告しにきたんですけど、何か問題でも?」
「静かにしろ」
「……」

眠るヴェックスを前にそう言われては反論出来ない。
メイは口を噤む。
しかしそれで引き下がるメイではなく、声を抑えながらこう言った。

「ますたー、もう出ませんか?
今はあたしたちがヴェックスについてて出来ることってないですよ。
それに、女性の寝顔をあんまりじろじろ見るのってあんまりいい趣味じゃないと思うんですけど」

メイはこれ以上、彼にヴェックスの側に留まって欲しくはなかった。
その言葉を受けてというわけでもないだろうが、メルセルはメイを一瞥すると、踵を返して歩き出そうとする。

 

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「メ…ル…セル…」
弱々しい声音が彼を呼び止めた。
振り返ると、ヴェックスが目を開いて顔だけをメルセルに向けている。本当なら起き上がりたいところだが、傷が痛んでそれも叶わないようだ。

「ヴェックス」
「ここは…あたし、いったい…そうか、ゴールデングロウ農園は……」
「喋るな。今は眠れ」

 

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言葉を紡ぐもままならないヴェックスを宥め、再び楽な体勢に戻るよう促す。
ヴェックスの口から呻き声とも嗚咽ともつかない声が漏れる。
ヴェックスは酷い怪我を負ったが、それ以上に任務に失敗したという屈辱が彼女の心を蝕んでいるのだろう。

「もういい、ヴェックス。今は怪我を治すことだけ考えろ」
「…ごめん」

抑揚のない硬質な声音はいつもと変わらない。
しかしメイは、その声音の中に僅かに憂いの色を感じ取った。ヴェックスも同様に感じているだろう。

 

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戸口で無表情のまま立っていると、ヴェックスを寝かし付けてから戻って来たメルセルと対面する形になった。

 

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「どけ」
「あたし、ゴールデングロウ農園に行ってきます」
「何?」
「アリンゴスが何やらかしたか、どんな理由でギルドやメイビン・ブラックブライア家を裏切ったか調べた上で物的証拠を盗んで、でもって蜂の巣のいくつかに火を着けて燃え上がらせるんですよね?
それも、リフテンから見えるぐらいぱーっと派手に!」

 

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「何言ってるんだい!?あんたには無理…うっ…!」
「ヴェックス!」
メイの無茶な提案にヴェックスも思わず跳ね起きた。

 

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痛みに顔を顰めて蹲る彼女の側に寄り、メルセルは身体を横たえるように促す。

「大丈夫だってば。あたし、ホワイトランでの任務だって成功したんだもん。
失敗して大怪我しちゃったヴェックスは寝てていーよ。
あたしがさくっと終わらせてくるから」

 

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そうと決まれば善は急げだ。
妨害が入らない内にゴールデングロウ農園に直行するに限る。

 

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誰も何も今のメイを止めることなど出来ない。

 

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がしっ

「どこに行くつもりだ、小娘」
「あ」

呆れ口調のブリニョルフにあっさり制止された。

 

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「えーっと、ちょっとお花を摘みに?」
「ほう、そうか。ならばわざわざゴールデングロウ農園に行く必要はないよな?
リフテンの周辺で摘んでおけ」
「聞いてたの!?」
「あれだけでかい声で宣言すりゃあ、嫌でも聞こえるさ」

そのままずるずるとフラゴンまで引っ張って行かれる。

 

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「あのね、ブリニョルフ…」
「まず、ホワイトランでの任務ご苦労だったな。
お前がリフテンを発った後でメルセルから聞いた時は心配したが、お前は何の問題もなくやり遂げてみせた。
大したもんだよ」
「うん。だからゴールデンゴロウ農園も」
「却下だ」
「なんで!?」

 

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抗議を示すメイに、ブリニョルフは嘆息した。

「ヴェックスと一緒にゴールデンゴロウ農園に行って来た奴から話を聞いたよ。
アリンゴスの奴、ざっと見ただけでも相当数の傭兵を雇ってやがる。
しかも相当な手練れも多い」
「で、でも…あたしだって足音消して歩くの得意だよ?」
「ついでに言うとあの農園は、侵入者に気付きやすいように植生にも考慮している。
つまり、足音が聞こえやすい種類の芝を植えているんだ。
あの芝をあれだけ広範囲に植えようと思ったら相当な金がいるが、これもアリンゴスの財力が成せる技だな。
ヴェックスでさえあの敷地内を感付かれずに歩くのは不可能と判断したからこそ、地下道に潜ることを考えたんだ」

そこまで言って、ブリニョルフは顔を曇らせる。
既に封鎖された地下道は、潜入できそうな場所は非常に狭く、そこから潜入が可能な者は限られている。
男はまず無理だ。
細身かつ小柄なヴェックスとメイぐらいだが、しかし地下道からの潜入という手段はもう使えないとブリニョルフは考える。
そしてあの地下道に潜む怪物の存在を知った以上、潜入口としてはもう使えない。
今は八方塞がりという状況だ。

 

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「じゃあさ、どーするの?
ヴェックスが…ギルドの中でも凄腕の盗賊が失敗したって、街の人ももう知ってるっぽいよ?
このことがメイビン・ブラックブライアに知れたら、っていうかもう知ってると思うけど、今度こそギルドに愛想尽かしちゃうんじゃない?」
痛いところを突かれ、ブリニョルフは顔を顰めた。
メイの言うことも尤もで、ヴェックスの身を案ずることとは別件で頭を悩ませる問題だ。

 

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「それについては…これから何とかする。
慎重を要する問題だが、お前の言う通りあまりのんびりしていられないのも事実だ。
可能な限り早く解決策を導き出し、その上でお前にやって貰うことも出てくるかもしれない。
だから今は有事に備えてよく休め。
それに、いざという時のためにも日頃の鍛錬は怠るな」
「…むぅ~」

しかしメイは口を尖らせた。
ブリニョルフの言葉はいつもながら妙に説得力がある。
頭ごなしに「無理だ」と言うのではなく、さり気なくメイを持ち上げて納得させつつ、ブリニョルフの言うことを受け入れやすくするのだ。

「あ、そーだ!ギルドの誰かを、傭兵として雇って貰うってのはどう?」
「それも考えたんだが、アリンゴスの奴どうやらかなり厳選して傭兵どもを雇ってやがる。
奴にとって信用出来る筋の連中しか雇わないようだ」
「そっかぁ」

 

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そんなことを話しているとメルセルが戻って来た。
常日頃以上に不機嫌な顔を向けられ、メイは竦み上がった。

 

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「何とかヴェックスを宥めてきたが、お前に周囲をうろつかれると安静にしているどころじゃなくなる。
お前は当分ヴェックスに近付くな。わかったか?」
「…はい」

 

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縮こまるメイにブリニョルフは苦笑を浮かべる。

「小娘、ホワイトランでの任務に成功した褒美に小遣いをやる。
ほら、これで好物のスイートロールでも買ってきたらどうだ?」

 

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「んー、今回は奮発してマカロンの詰め合わせがいいな。
あ!やっぱり両方欲しい!
マカロンとスイートロールと…あと、ケーキも買う!
おっきなホールケーキ、1人で丸ごと食べたいな!」

ブリニョルフが差し出した小銭をすぐには受け取ろうとはせず、更なる要求を口にする。
メルセルに睨まれて小さくなっていたかと思えば、次の瞬間には立ち直っている。

「…全く、ちゃっかりしてやがるな。変に知恵が付いてやりにくいったらありゃしない。ほらよ」

文句を言いながらもブリニョルフは金額を上乗せしてやった。
それを受け取ったメイは相好を崩して喜んだ。

「ありがとー!」
「その代わりさっき言ったことをちゃんと守るんだ。いいな?」
「うん!」
「それと、メルセルに言われたこともな?」
「う…わ、わかってるってば」

メイはすっかり気を良くして素直に頷いた。

 

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早速菓子を買うために街に向かおうとするそんな小娘の後ろ姿を見ながら、ブリニョルフは「相変わらず単純な奴だな」と内心で呟いて苦笑した。
その時、メイの背中に冷ややかな声が掛かった。

 

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「念のため言っておくが、くだらない真似だけはしてくれるなよ?」
「う…わ、わかってます。あたし、そんなことしません」

メルセルの言葉に、手を足を振り被って踏み出した体勢のまま硬直してしまう。
ぎぎぎ、とゼンマイ仕掛けの人形のようにぎこちない動きで肩越しに振り返り、それだけ呟くと逃げるように駆けて行った。
メルセルは温かみの欠片もない視線をメイの背中へと投げ掛け、彼女の姿が見えなくなった後も暫くその方向を凝視していた。

「…?」
ブリニョルフは彼の様子に気付いたが、声をかけるのは躊躇われて結局何も言わなかった。
それから1週間が過ぎた。
状況を打開するべくギルドの幹部たちは忙しなく動き回り、その合間にも常時と同じ雑務は山積している。
いい傾向と見るべきだが、盗賊ギルドがバトルボーン家という支援者を得てホワイトランに足場を築いたこともまた新しい風を吹き込んだ。
ただでさえ人手が足りない状況に、数名の腕利きの構成員が駆り出されて外出中だ。
手が空いた者が順番にヴェックスの看病に当たり、その甲斐あってか彼女は徐々に回復している。

 

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そんな多忙な空気の中だから、メイがおかしな動きをしていることに気付く者はいなかった。
…いや、実は1人だけいたが、「彼」は気付いていても何もしなかった。

 

 

 

 

 

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ある晴れた昼下がりのこと。
ゴールデングロウ農園の警備を務める傭兵たちは、ここ数日間はずっと警戒態勢を保っていた。
というのは、1週間前に女盗賊の潜入未遂があったからだ。

あの女は既に使われていない地下道へと降りたようだった。
あの地下道には使われないまま長らく放置していたが、いつからか恐ろしい怪物が住み着き、そのため厳重に封鎖しているのだとアリンゴスから聞いた。
今も定期的に封鎖状況を確認していると言う。

あの女は自ら怪物の住処に飛び込んだわけだが、それを差し引いても農園の敷地内に影のように降り立ったのだ。
傭兵たちとて、ホンリッヒ湖からの侵入の危険性を考慮に入れて警戒していたにも関わらずだ。

しかし緊張状態も長くは続かない。
さすがに1週間も経つと、張り詰めていた緊張も弛緩してくる。

 

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「…暇だよな」
「ああ、暇だな」
「見張りってのは楽なようで結構きつい仕事だよな」
「ああ、いつ何があるかわからないってのがなぁ」
「事前に手紙か何かで予告してから忍び込んでくれればいいんだがな」

欠伸交じりのこんな会話が飛び交う。
まだ本格的な冬の訪れには時間があり、今日のような晴天の陽気の中にあっては緊張も緩もうというもの。

 

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「あーあ、あの時の女盗賊が手に入ってりゃ今頃は…ん?」

見張りの1人…アリンゴスに雇われている傭兵の中でも一番の古株で、纏め役のような立場の彼がそう零して大きな欠伸をしかけた時、正門に近付いて来る人影に気付いた。

「おい、誰か来たぞ」
彼が他の傭兵に呼び掛けると、緩んだ雰囲気から一変して全員が得物を手に警戒態勢に入る。

 

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やって来たのは1人の女だ。
女というより、まだ少女といった年恰好だ。
年の頃は十の半ばに届くか届かないかと言うところで、鮮やかな赤毛を短めに切り揃えている。

 

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「あの、ごめんください…」
「何者だ?」
誰かが「何だ、ガキかよ」と明らかに落胆した調子で呟いた。

 

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あまり垢抜けしない雰囲気を持つその小娘は、おどおどしながら言葉を紡ぐ。

「あのっ、あたし、ソフィアって言います。
いきなりで不躾なんですけど、あたしをメイドとして雇って貰えませんか?」

 

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