第25話 「ギルドの在り方を変えた男」

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メイはアリンゴスを前に、笑みを浮かべたまま必至で動揺を抑え込む。

 

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(今、何て…?えっ?あたしの正体に気付いてるの?なんで!?)
ともすれば動揺が零れ出てしまいそうになりながら、何とか平静を装う。
相手の目から視線を外さず、ゆっくりと首を傾げる。

「えーっと、誰のことです?
あたし、メルセル・フレイなんて人知りません。ごめんなさい」
作り笑いを張り付けてそう言って、そのまま固まってしまう。
自分がとんでもない痛恨のミスをしでかしたことに気付いたが、既に後の祭りである。

 

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(ああああああああああああ!しまった!このおっさん、メルセルとしか言ってなかったんだ!ああああもう!バカバカバカッ!うわあああああああどーしよどーしよどーしよ!!?)

自分の馬鹿さ加減を呪いたいのはもちろんだが、しかし冗談抜きに危機的状況だ。
何しろ自分が間者であることがアリンゴスに知られてしまったのだ。

一目散に部屋から逃げる?
駄目だ、アリンゴスが傭兵を呼べばすぐに捕まってしまう。
アリンゴスを卒倒させる?
そして縛り上げて猿轡を噛ませて、その間に何食わぬ顔で部屋を後にするのだ。
旦那様はご就寝ですので部屋には入られぬよう、とか何とか言って時間を稼いで、その間に蜂の巣を燃やす。
なかなか悪くない案だが、しかし昏倒させると言ってもいったいどうやって?
向こうはメイより体格のいい男だし、しかも既にこちらの正体には感付かれているから不意を突くことも出来ない。

焦燥感ばかりが募り、自然と険しい顔になっているメイにアリンゴスは一歩近付いた。

 

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「くっ…!」
メイは変装を解き、隠し持っていたダガーを引き抜く。

「お、おかしな真似はしないほうが身のためだからね!?
そんなことしたら、したら、えーっと…殺すよ!?」

 

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陳腐な脅し文句を並べたてるメイのすぐ隣を、アリンゴスは平然と通り過ぎた。

「ちょっと!?聞いてる!?」
「案ずる必要はない」
「え、は、はあ?」
「メイビンやメルセルが許してくれる筈がないことぐらい、最初からわかっていたんだ」

そう言ってアリンゴスは部屋の一角にある棚へと向かう。
この隙に逃げるか否かメイは迷ったが、今すぐ逃げ出すのは得策ではないと悟り、アリンゴスの出方を伺うことにした。
アリンゴスは抽斗の中から1枚の羊皮紙を取り出し、それをメイに差し出す。

 

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「君が欲しいのはこれだろう」
「…」
メイはアリンゴスと一定距離を置きながら、彼に警戒心の篭った視線を向ける。
それを受けるアリンゴスはと言うと、柔和な、そしてどこか寂しげな笑みを浮かべるばかりだ。
その様子はあまりにも儚げで、最初に見た時よりも幾分小さくなったような錯覚を覚えた。

だからこそか、その紙を受け取って中身を検める気になった。
まずゴールデングロウ農園譲渡証という見出しが目に飛び込んできた。
読み進めていくと、そこに書かれている内容はメイにとっても驚くべきことで、思わず二度見した。

 

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「な、何?これは…」
「見たままの意味だ」
アリンゴスは嘆息交じりに言った。
彼から受け取った手紙にはこのように記載されていた。
「アリンゴス、

ゴールデングロウ農園とそのすべての財産、資産、素材の売却を認める書類だ。
買い手の代理人としてガラム・エイが、財産の支払いを完了させた。
リフテンの盗賊ギルドとの取引はただちに中断せよ。
この行動に対する報復の可能性を阻止すべく、適切と思われる方法で財産の保護をただちにせよ。
盗賊ギルドは見掛けほど怖くなく、既に減っている数を間引くよりも、ゴールデングロウ農園を避けようとするのが分かるだろう。

これが長く有益な関係の始まりになることを祈ろう。」

 

「何これ」
メイが再び呟いたその声は掠れている。

手紙を持つ手が震える。
何度読み返してもそこに書かれている内容が変化する筈もなく、この手紙が意味していることはただ1つ。
アリンゴスが農園を売したという事実。
ギルドのパトロンや幹部がそれを疑っているというのは聞いたが、この手紙はそれが事実であるという証明だ。
同時に、ブリニョルフは彼の行動が不可解だと訝しんでいた。
外部からの圧力を疑っている節もあったが、どうやら当たりのようだ。
この手紙の差出人こそが圧力をかけてきた本人と見て間違いない。
手紙の上部にダガーを模したような小さな絵が記されているが、これはどういう意味があるのだろうか。
メルセルやブリニョルフなら何かのわかるのかもしれないが、メイが見ても何もわからない。

 

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メイは無表情でアリンゴスに向き直った。

「やっぱり農園を売ってたんだね」
「見ての通りさ」
「誰に?」

無意識の内に声が鋭くなっている。
アリンゴスは伏目がちに小さく首を振った。

「その正体までは私にもわからない」
「え、何それ?どゆこと?正体のわかんない奴に農園売ったってこと?」

 

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暫し沈黙が落ちた。

アリンゴスは顔を伏せて押し黙っているが、何としても口を割るまいとしているわけではないようだ。
やはり彼は、何かに対して酷く怯えているように見えた。
パトロンを裏切り、盗賊ギルドを一方的に締め出したと聞いて、てっきりアリンゴスも落ち目になったギルドを見くびった上で大胆な行動に出たのだろうとメイは思っていた。
しかし今目の前にいる男からは、ヘルガやキーラバのような太々しさは微塵も感じられない。

おそらく彼は本当に相手の正体について何も知らないのだろう、とメイは結論付けた。
考えてみれば、盗賊ギルドとブラックブライア家を敵に回しかねないほど大それた行動に出た相手だ。そうおいそれと正体を掴ませるヘマはするまい。
そこでメイは質問を変えた。

 

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「じゃあ、どーしてあたしにこれを渡す気になったの?」
長い嘆息が返ってきた。
「私はもう疲れたんだよ。
人は目に見える恐怖にはいずれ慣れても、目に見えない恐怖には決して慣れることはない。
光が差すところには必ず影が生まれ、影から逃げるためには深淵の中に身を置くしかない。
しかし、そうやって一時を凌ぐことが出来ても、結局は心を徐々に蝕んでいくのさ」
「…」

意味深長な言葉だ。
メイには彼の言わんとすることがよくわからなかったが、何故かそれを聞いた瞬間、先日のメルセルとブリニョルフの会話が脳裏に蘇った。

 

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「…アリンゴスはいったい何を考えているのやら。
もう少し頭のいい男だと思っていたが、この後に及んで小銭が惜しくなったのか?」
「さぁな。よほどギルドが見くびられているか、あるいは…別方向から何らかの圧力でもあったか」
「別方向からの圧力…ね。メルセル、あんたは何か心当たりはないのか?」

(ますたーはもしかして、ホントに裏で糸を引いてる奴の正体に心当たりがあったんじゃあ?)

もちろんそう思うに値する確たる証拠はなく、メイの思い付きに過ぎない。
しかしメイは、そう閃いた瞬間に確信を抱いていた。

 

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「アリンゴス」
考えが纏まるより前に、メイは彼に呼び掛けた。

「ますたーはあなたのことを殺せとは言わなかった。
ギルドもパトロンも、きっとあなたが生きてることを望んでる筈だよ。
だってあなたにはまだまだ利用価値があるんだから」
「ああ…そうかもしれない。しかし…」
一度は裏切った男を、メルセルやメイビンがどのように扱うのかメイにはわからない。
しかし態度次第では一度ぐらいは目を瞑るのではないか、そう考えた。

 

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「『影』のことが心配なの?」

まだ懸念の消えないアリンゴスに尋ねると、彼ははっと顔を上げた。
ギルドを、パトロンを裏切ったのは彼の意向ではない。
やはり何らかの圧力があり、自分の行いが何を意味するかを知りながらも、彼は脅されて仕方なく従ったのだろう。
ならば、

「ますたーは、『影』の正体に既に勘付いてた。
ますたーならいずれきっと『影』に辿り着く筈だけど、それでもあなたの協力次第でもっと早くにそいつを潰しに行けるよ?
今回のこと、悪いのはあなたじゃなくてそいつなんだもん。
事情を話したらきっとわかってくれるよ。
もちろん、今後もギルドに協力し続けるのが条件だけど」

メイはたどたどしい口調ながらもアリンゴスへの説得を試みる。
ここに来た目的はアリンゴスの動向を知るためで、ならばメイはこのまま書類を持って脱出すればいいのだが(もちろん蜂の巣は燃やした上で)、それでもアリンゴスを説き伏せずにはいられなかった。
ギルドの最終的な目的はこの農園を再び支配下に置くことなのだ。
それを差し引いても、メイはいつのまにかこのアリンゴスという男を憎からず思うようになっていた。

 

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「ね?一度ますたーに話してみてよ。
『影』のことも、何もかもぜーんぶ!」

アリンゴスはすぐには答えなかったが、やがて静かに顔を上げた。
初雪のようにいとも簡単に溶け消えそうな笑みを浮かべる。

 

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「先ほどの質問に対する答えだが、実は続きがある」
「え?あたしにこの書類を渡す気になった理由のこと?」
「ああ。自分でも馬鹿馬鹿しい考えだと思うが、君が彼に似ていたからだろうな」
「え?誰に?」
「…メルセルさ」

 

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「え?え?
…ええっ!?」
思わず声が裏返ってしまう。

自分とメルセルが似ているなど、今まで考えたこともなかった。
しかしアリンゴスは至って真面目だ。
メイを見据えたまま、ふと、どこか遠い記憶の中の情景を眺めるような目をする。

 

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「ギルドへの『協力』を決めた日のことは今も忘れない。
おそらくは君が生まれるよりもずっと昔のことだが、そう、メルセルがまだ君と同じ年頃だった時のことだ。
いや、もしかしたらもっと幼かっただろうか…」

 

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アリンゴスはそこで言葉を切り、それから疲れたように椅子に腰を下ろした。
卓上の蜂蜜酒の瓶を開封し、中身をジョッキに注ぐ。メイにも勧めたが、しかし彼女はそれを断った。
毒や薬物を盛られることへの警戒もないではないが、そもそもあまり酒に強いほうではないし、後の行動に支障が出るのは困るからだ。

ジョッキを傾けて喉を潤した後、アリンゴスは昔話を再開する。
いつしかメイは彼の話に聞き入っていた。

 

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「もう30年ほども前のことだ。
当時、スカイリムの盗賊ギルドは変革の時に差し掛かっていた」
「変革…?20年ないし30年前はすごくお金持ちだったのは聞いたことあるけど」
「うむ…本来、盗賊ギルドというのは表舞台に出てくることはなく、各都市の影と人々の噂の中にのみ存在する組織だった。
その組織体制も決して派手ではなく、密やかなものだったが、ある男が盗賊ギルドを表舞台へと引き出した」
「ある男、って…?」
「ガルス・デシデニウスというインペリアルの男だ」
「あ!もしかして、前のギルドマスターだった人…」
「ああ、いかにも。
ガルスはインペリアらしく弁が立って機知に富み、経営者としての才覚にも恵まれた男だったよ。
その優れた手腕でスカイリム中の有力者に取り入り、ギルドの勢力を瞬く間に拡大していった。
特別な感性を持った男で、金の流れにも敏感で、盗賊ギルドのマスターになっていなければスカイリム一の豪商にもでなっていただろうな。
盗賊ギルドを表舞台へと引き出した彼は、次々に人脈と金が入ってくる経路を広げていき、ギルドには莫大な金が集まった。
私がこの農園の経営で得た利益の一部をギルドに払うことで、ギルドが収益を得ていたのは君も知っているだろう?
ガルスがギルドマスターだった当時は、同様のことをもっと大々的に行っていたのさ。
その結果、盗賊ギルドはスカイリムの中でも最も栄えた組織となっていた。
これが君も話には聞いたことがあるだろう、ギルドの最も華やかなりし時代だ」
「…へぇ」

 

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アリンゴスが一息付いたところで、メイは相槌を打った。
思わず漏らした呟きには、どこかざらついた響きが含まれている。
彼の話を聞きながら、何とも言い難い不快感や疑念を覚えたが、敢えてまだ口に出すことなく「続きを聞かせて」と促した。
アリンゴスはメイが良き聞き手であることに満足したようだ。
ジョッキの中身を飲み干すと、先程より幾分か和らいだ様子で話を続ける。

「ガルスは私にも『協力関係』の話を持って来た。
だが、私はそれを拒み続けた」
アリンゴスの声音がやや低くなる。

「盗賊どもが表舞台に現れて、堂々と勢力を広げる様に私は嫌悪していた。
それはあまりにも…身の程を弁えていないと君の前で言ったら失礼になるだろうが、とにかく在るべき姿ではないと強く感じたのさ」
「それはあたしも思うね。
っていうか、前からギルドに対してちょっとおかしいなーって思うことがあったけど…」

メイは会ったこともない男に思いを馳せながら、これまでギルドに所属する日々の中で感じていた違和感を思い返す。
あの感覚はあながち間違いではなかったのではないか、とアリンゴスの話に聞き入りながら思った。

 

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「革新的な指導者だったガルスは、盗賊ギルドの在り方を大きく変えた。
それが良いか悪いかは別としてね。
私はギルドからの要請を断り続けた。
だが、ある日…1人の少年が私の部屋に現れた。
見張りの傭兵も仕掛けた罠も何の枷にもならないといった様子で、ごく当たり前に、まるで風のように私の部屋に現れたんだ」
メイは話を聞きながら、彼が誰のことを話しているのかすぐにわかった。

「その少年って…」
「そう。メルセルだ。
当時の盗賊ギルドはそれまでに何度か私に『警告』を試みたが、しかしどれも失敗に終わっていた。
私は彼らを退け続けた。
彼が…当時まだ10かそこらだったメルセルが当たり前のように私の前に現れるまでは」

 

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「10歳!?」

これにはさすがに驚く。
メルセルのことだからきっと若い頃からその才能を発揮していただろうとは思ったが、それにしても予想以上だ。

「10歳って言ったらまだほんの子供じゃん!」
「そう。何人もの凄腕の盗賊を退けた警備網をかいくぐり、1人も殺すことなく私のところへ辿り着いたのはまだ幼い少年だった。
そして彼は何もかもが規格外だったよ」
アリンゴスは昔を懐かしむような目でそう語った。
その様子はまるで自慢の孫子について語る好々爺のようで、メイは何だか不思議な気がした。

 

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「何かさ、随分とあたしのますたーのことを良く言うよね?」
「ああ、そうだな…
私はあの少年の才能に感服し、彼の強さに魅せられたと言えるだろう」

 

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そう言って目を伏せるアリンゴスを眺めながら、メイの脳裏に、まだギルドに入る前にそうと知らず盗みに入ったあの日の記憶が蘇る。
メルセルと相見えたあの時、彼の強さの一片に触れて強く惹き付けられた。
アリンゴスもあんな気持ちだったのかな、と漠然と考える。

「それがギルドと協力関係を築くことを決意した理由?
…でもって、あたしにこれを渡す気になった理由でもあるのかな?」
あたしが、ますたーに似てるから…」
メイが農園譲歩証の手紙を指差すと、アリンゴスはやや決まり悪そうに頷いた。
「確かに私はそう言ったし、決して嘘というわけじゃないんだがね」
「嘘じゃないけど…何?」
「あ-、気を悪くしないで貰いたいんだがね。
…まぁ何だ、メルセルほどの神童はそうはいない。何しろ彼は規格外だ。それは仕方のないことだよ」
「それで、何?
つまり、あたしはますたーほどの才能の持ち主じゃないって言いたいの?」
「それを差し引いても、それでも君はどこか彼に似ている。
ソフィアと名乗る君が白昼堂々ゴールデングロウ農園を訪れたその時に、私はそう感じた」

 

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「別に気を悪くしたりはしないけどね。
…だってますたーは特別中の特別だもん、あんな人は他にいないよ。
だからこそ、あなただって彼に惹かれたんでしょ?
でも、だったら最初からあたしが密偵だって気付いてたってことだよね?
よく追い返すなり殺すなりしなかったよね」

 

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「さっきも言っただろう、私はもう疲れたんだ。
終わりにしたかった…その『終わり』が何を意味するにしても、ね。
だが、矛盾するかもしれないが、そう簡単に諦めることもしたくなくて、君が幕引きに相応しい人物かどうかを試させて貰った」
「で、合格したんだ?」
「いかにも」

 

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「へぇぇ…じゃ、あたしはヴェックスより上ってこと?」
「ヴェックス…ああ、前に潜入を試みた女盗賊か?
…まぁ盗術の腕前だけが盗賊としての能力を決定付けるわけではないし、そうだな、君だからこそ私はこの手紙を渡す気になったと言える」
メイはアリンゴスの言葉の殆どを聞き流し、「ヴェックスに勝った」という部分だけを限定的に理解した。

「何しろ、自分の貞操さえ利用としたぐらいだ。その覚悟には素直に敬意を示そう」

 

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そう言われて、思わず決まり悪そうな顔をする。
話に聞き入る内に忘れていたが、今夜この部屋を訪れたのは彼と寝るためだった。
正確には、そうすることで油断を誘って目当てのものを探し出すつもりだったのだ。

「言っておくけど、あたし、別にそーゆーことするのが好きってわけじゃないから。
あくまで手段として、だからね」
なんでこんな弁解しなきゃいけないんだろう、と思いながらもそう言わずにはいられなかった。
どんな手段を使っても目的を達成するつもりだったが、それでもメイは自分の女としての部分を割り切れてはいない。

 

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(だって、やっぱり初めては好きな人と…)

脳裏に過ぎった雑念を振り払い、例の手紙をそっと持ち上げる。
「じゃあ、これは貰ってくよ」
「わかった」
「それと…あー、何て言うか、なるべく悪いことにならないように頑張ってますたーに掛け合ってみるから」
「…恩に着るよ」

 

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そう言ってアリンゴスは蜂蜜酒の瓶を傾ける。
しかし瓶はもう空になっていた。

 

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「待って。取ってきてあげるよ」
メイは一瞬迷ってからそう言った。

手近な棚から適当な瓶を手に取り、彼に渡す。

 

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「はい。これでいい」
「ああ、ありがとう。
ふむ、これは確か届いたばかりの酒かな?」
そう言いながら瓶の中身をジョッキに注ぐ。

 

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メイには酒の見分けなど付かないが、アリンゴスにとっては見慣れない銘柄らしい。
不思議そうに首を傾げながら、酒で満たしたばかりのジョッキを傾ける。
直感、としか言いようがない。
しかしメイはアリンゴスがジョッキを傾けた瞬間、途轍もなく嫌な予感を覚えた。

 

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「駄目!」
「ん!?」

メイは衝動的に彼の手からジョッキを払い落とした。

 

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「かっ…は…!?」
アリンゴスは驚いたが、しかしすぐに彼の表情は苦悶に満ちたものとなる。

 

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「アリンゴス!?」

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椅子から転がり落ち、床の上で身体を折って苦しみ始める。
どうやらジョッキの中身を…おそらくは毒入りの酒を一口飲んだ後だったようだ。
「ぐああああぁ……!!」
「アリンゴス!」
慌てて彼に駆け寄る。

 

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自殺、という言葉が一瞬だけ脳裏を過ぎったが、アリンゴスの表情を見てそれが間違いであると確信した。
死への恐怖、生への渇望…そういったものが彼の表情にありありと現れていた。
助けてくれと彼の目が訴えてくるが、見る見る内にその目から生気が消えて行く。
相当に強い毒だったのだろう、既に手の施しようがないことは明らかだ。

「影は、どんな小さな隙間からも射す」

先ほどのアリンゴスの言葉が脳裏に浮かんだ。
これこそが彼の恐怖の正体だったのだ。
彼に恐怖を植え付けてギルドを裏切るように仕向けた「影」は、どこからともなく忍び寄り、最後の置き土産をしていった。

 

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部屋の外が騒がしくなり始めた。
何人もの大きな足音が響き、そしてそれらはこの部屋に向かっている。

(逃げなきゃ)
メイはそう思ったが、そんな内心とは裏腹にアリンゴスの死に顔から目を離せずにいた。

 

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苦悶に見開かれた目をそっと閉じさせてやった。
何故かそうしなければいけない気がしたのだ。

それと同時に乱暴に扉が開け放たれた。扉の向こうには何人もの傭兵たちが集まっている。

 

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「アリンゴスの旦那!?」

真っ先に入って来たのは、傭兵たちの纏め役のようなことをしている男だ。
最もアリンゴスとの付き合いが長いらしい彼は、メイを押し退けるようにして主人の側に屈み込みその身体を抱き起こした。

「旦那!?しっかりしてくださいよ!アリンゴスの旦那!?」
呼びかけても、既に魂の抜けた身体が応えることはない。

彼は暫く呆然としていたが、やがて緩慢な動作で床に膝を着いたままのメイへと顔を向けた。
そこには憎悪がありありと浮かんでいる。

「ちがう」
思わず掠れた声が出た。
「あたしじゃない」

 

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夜中にアリンゴスの私室を訪ねたメイド、そしてその直後に命を落としたアリンゴス。
その側には彼が今しがた飲んでいたと思しき酒の瓶と空になったジョッキ。
到底言い逃れ出来る状況ではない。

 

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扉からぞろぞろと傭兵たちが入って来て、メイはいつの間にか彼らに囲まれていた。
もはや逃げ場などない。