第26話 「大した能力もないくせに」

※軽度の暴力・性表現があります

 

 

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「くそっ!」
ブリニョルフは、毒づきながら空になった蜂蜜酒の瓶を叩き付けるようにテーブルに置いた。
苛立ちと焦燥ばかりが募り、こんな弱い酒では何の足しにもならないが、しかし今は酔うわけにもいかない。

 

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「随分と荒れているな、ブリニョルフ」
そんな彼に、少し離れた席に座って羊皮紙の束を検閲していたメルセルが声をかけた。

「メルセル」
その名を口にする声が、いつになく険を帯びてしまうのも無理からぬことだ。
自分とは対照的に、常と変わらぬ落ち着き…あるいは無関心を見せるメルセルに、苦々しい顔を向ける。
「こうなることはあんただってわかっていた筈だ」
思わず非難めいた言葉を口にしてしまうが、メルセルは相変わらず表情ひとつ変えない。

メイがゴールデングロウに独断で潜入してから既に2週間が経過した。
その間、ギルドの構成員の誰かがそれなりの頻度で農園の偵察を続けている。
ずっと膠着状態が続いていたが、今から3日前に状況に変化があった。
農園内の雰囲気に明らかに変化が生じたという報告を持ち帰ったのはニルインだ。
これまでは真面目に見張りを続けていた傭兵たちだったが、その日を境に遠目からでもわかるほどに勤務態度が適当になった。
外部からの侵入をさほど頓着していないかのようで、今なら簡単に忍び込めそうだと言う。

そして、その日より以前は日に何度かは庭に姿を現していたメイド…つまりメイが姿を見せなくなった。
何か起きたのは確かだが、具体的に何が起きたのかはわからない。
メイを信じて待つこと3日。
しかし日を追う毎に、誰も敢えて口には出さないが絶望感は高まる一方だ。

そもそも、本来ならヴェックスに任される仕事をメイに宛がうなど絶対にありえない。
それを彼女はブリニョルフから騙し取る形で資金を調達し、命令を無視して突っ走ったのだ。
常時ならギルドの中の誰かしらがメイの企みに気付いて止めたのだろうが、ヴェックスが負傷したことで殆どの者がメイにまで注意を払ってなかった。
そう、1人を除いては。

 

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「メルセル、俺にはあんたが何を考えているのかさっぱりわからない。
何故、あいつの企みに気付いていながら放っておいたんだ?」
メルセルにそう問いかけるのはこれで二度目だ。

バイパーがゴールデングロウ農園にてメイの姿を見つけた直後、もちろんブリニョルフは何とかメイを連れ戻そうと考えた。
それを止めたのがメルセルで、しかも彼はメイの企みに気付いていながら好きなようにさせておいたのだと言った。
それを聞いた時、ブリニョルフは今と同じ疑問を投げ掛けたが、結局メルセルははっきりとは答えてくれなかった。

「お前は何も見えていない。
少し前にもそう言った筈だが」
二度目の問いにも、やはり同じ答えが返ってきた。
暫くメルセルを睨み付けていたブリニョルフだが、舌打ちをすると踵を返して歩き出した。
最早我慢の限界だ。

周囲の者は誰も何も言わないが、彼がこれから何をしようとしているかは見当が付いている。そして沈黙こそが、彼の選択に対する同意だ。
ところが、

 

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「やめておけ、ブリニョルフ」
「メルセル!何故なんだ!」
「落ち着け。お前もわかっているんだろう、おそらくあいつは殺されはしないと」
「…ああ、確かにな。
だが、命があるからと言って無事とは限らないだろう!」

男は捕まればまず命はない。
しかし女なら様々な使い道がある。
アリンゴスに雇われた傭兵たちは、賃金の面はともかくとしてあの農園でさぞや窮屈な思いをしていることだろう。
自分たちの雇用主が雇ったメイドならそう手出しをすることはないだろうが、メイの正体が知れてメイドから招かれざる客という立場になれば状況は一変する。
そうなるとメイを守るものは何もない。

ブリニョルフはそのことを必死で考えまいとしながらメルセルを見据える。
「頼む、メルセル。俺がゴールデングロウ農園に行くことを許可してくれ」
「駄目だ」
「メルセル!」
「メルセル、私からも頼む」
今まで押し黙っていたデルビンも会話に加わってきた。

「先日のバトルボーン家からの依頼にあの子を推奨したのは君だ。
そしてそれは正しい選択だったわけだ。
あの子は、つまり…今回のことで傷を負ったかもしれないが、それでも回復の見込みは十分にある。
メイを失うことは、感情面のみならずギルドにとって大きな損害だとは思わないか?」
デルビンは感情を押し殺し、合理的な視点からメルセルを説き伏せようとする。
しかしメルセルは首を横に振る。
「あいつは命令を無視して独断で潜入した。
そこまでお膳立てして救出する必要はない」

そう言われては2人とも返す言葉がない。
命令を無視した勝手な行動は、その者の能力の如何に関わらず組織が瓦解する要因となりうる。
メイが命令を無視した結果窮地に陥っているのだとしても、そんな身勝手な構成員1人のために危険は犯せないというのももっともだ。
それがわかっているからこそ、ブリニョルフもデルビンもそれ以上何も言えない。
重苦しい雰囲気が立ち籠める中、思いもよらぬ人物がフラゴンに現れた。

 

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「…遅れてすまない、メルセル。今帰ったぞ」
「ナギ!」
「おお、戻ったか!無事で何よりだ」
疲れた足取りでフラゴンに入って来たのは、ここ暫く生死不明となっていたナギだ。
ブリニョルフとデルビンは疲弊した様子のナギに安堵した表情を向けるが、メルセルは相変わらず冷ややかな態度だ。

 

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「随分と時間がかかったな。お前と同じ時期にヘルゲンに居合わせ、しかも処刑されかけていた奴はもう随分前に戻ってきたというのに」
「!
そうか…彼女は無事だったのか。
いや、その、私のほうも色々とあったんだ。色々と」
「色々とやらを詳しく話せ」
「…ああ、何1つ包み隠さずに話してやろう。
とある将来大成するというカジートの魔術師と一緒に、デイドラロードの一角であるサングインに振り回されてスカイリムを文字通り一周してきたんだ」
酷く疲れたように嘆息しながら言った。
ブリニョルフとデルビンの顔に何とも苦々しい表情が浮かぶ。
ナギのことだから帰還が遅れたのは何か深い事情があるのだろうが、それにしてもこんな見え透いた嘘をつくとはどういう了見なのか。
サングインと言えば知らぬ者なしのデイドラロードだが、そんな存在に「振り回された」など、嘘をつくにしてもあまりにもお粗末すぎる。
しかし、ナギの次の言葉のほうが彼らにとってはずっと衝撃的だった。

「ところで、ゴールデングロウ農園のほうから火が上がっていたぞ。
メルセル、あれは君の与り知るところなのか?」
「何だと!?」
ブリニョルフは半ば叫ぶように言って、ナギへと詰め寄る。
「それは本当なのか!?確かにゴールデングロウ農園なんだな!?」
「え!?あ、ああ、間違いない。ホンリッヒ湖の中央のあの小島からだ」
「そ、そうか…はは、はははっ…!あいつめ!やりやがったな!」
詰め寄ってきたかと思いきや、次の瞬間には笑いを堪えきれない様子を見せるブリニョルフ。いつも冷静な彼らしくもなく、ナギは目を白黒させる。
デルビンも「そうか」と明らかに安堵した表情を浮かべる。

しかし、メルセルだけは冷たい表情を湛えたままだった。

 

 

 

 

…時間は少し遡る。

 

 

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アリンゴスに雇われた傭兵の中でも一番の古株で、纏め役でもあるこの男の名はハロルドと言う。
ハロルドは今、疲れた足取りでアリンゴスの屋敷の廊下を歩いている。
何かと多忙な3日間を過ごし、正直言って心身共に疲れた。
事の起こりは、そもそもあのメイドがアリンゴスを殺害したことに起因する。

アリンゴスはいい雇用主だった。
そしてゴールデングロウ農園の見張りの仕事は、退屈ではあるがこのご時世では他に考えられないぐらい美味しい仕事だった。
アリンゴスの人柄もあって、彼は傭兵たちに慕われていた。
故に、アリンゴスを殺害したメイドに対する傭兵たちの怒りは凄まじかった。怒りに任せてメイドを痛め付け、殺してしまおうとするのも当然の流れだ。
ハロルドはスカイリムで生まれてスカイリムで育ち、タロスを信仰する典型的なノルドだが、それでも合理的な考えの持ち主だ。

ソフィアと名乗るメイドの正体が露見した時、彼女について知っている者が何人かいた。
彼女はリフテンで少しばかり名の知れた悪党で、盗賊ギルドの一員だ。
本名はメイとか言うらしい。
つまりは、少し前に侵入を試みた女盗賊の仲間と見て間違いない。
あの女盗賊は運悪く失敗したが、ギルドは一番の手練れを送り込んだ筈だ。
それから間を置かず、堂々と正面玄関から乗り込んできたあのメイド、彼女は功を狙う下っ端盗賊だろうというのがハロルドの予想だ。
よく考えたら、女盗賊の失敗があった直後という時期に間者を送り込むというのはあまりにもお粗末な作戦だし、ソフィアと名乗るこの女…メイのの独断に違いないと考えた。
ましてやアリンゴスを殺害してしまうなど本末転倒だ。

ここでこいつを殺しても自分たちには何の益もないと、彼は仲間を説き伏せた。
それよりもこいつは高値で売れる。雇用主が死に、これ以上の給金を見込めない今、こいつをあっさり殺すより売り飛ばしてその金を山分けするほうが得策ではないか。もちろん買い手が決まるまで、壊さない程度に遊べばいい。
そう説得すると、傭兵仲間は得てして単純なもので、すぐに納得した。
そしてこの3日間、一番先に有り付く権利と引き替えとして、彼はアリンゴスの埋葬の手続きや彼が死亡したことによる様々な後処理、メイを売却する交渉などに奔走した。
そしてメイに付いた値段は、山分けすることを差し引いても傭兵たちが十分に納得出来る額だった。明日には奴隷商人が金を持ってメイを迎えに来る手筈になっている。

 

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「しっかし惜しいことしちまったよな。
まさか生娘だったとはねぇ。
ま、あの場合はしゃーないか」
廊下を歩きながらハロルドは呟いた。

あの年で盗賊稼業などやっているぐらいだから、とっくに「ガバガバ」だろうと思ったが、意外にも処女だった。
そのことに気付いて「しまった」と思ったが、後の祭りである。
生娘のままならもっと高値が付いた。
とは言え、あの場を納めるためには彼女を傭兵仲間への生け贄にするしかなかっただろう。
それに、彼自身も長らくこの農園で缶詰状態でご無沙汰だ。そんな時にせっかくいい玩具が手に入ったのだから遊ばない手はない。
ただし、遊ぶのはいいがくれぐれも壊してしまうことのないように傭兵仲間に念を押し、何度か確認もした。
そして今からは、彼がメイを独占して遊ぶ番だ。

 

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「へへへ…」
下卑た笑みを浮かべながらある部屋の扉を開く。
傭兵たちの好み基準から言えば、メイはまだ未成熟で色気に乏しく、ハロルドにとっても例外ではない。
しかし、吸い付くような白い柔肌にはなかなか魅力を感じる。

部屋の外側から取り付ける錠前を外して扉を開けると、メイは僅かな布で身体を隠しながら隅のほうに逃げている。
ハロルドへと向けたその顔には、嫌悪と怒り、そして隠しきれない恐怖が浮かんでいる。

 

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(へぇ?)
そんな彼女に、ハロルドは少し興味をそそられた。

初日こそ泣き叫んで抵抗したメイだが、全員で一晩中輪姦(マワ)したら夜が明ける頃にはすっかり大人しくなっていた。その様はさながら糸の切れた操り人形のようだった。
1日目は奪い合うようにして犯し、嫌がる彼女に様々なことを強要して大いに盛り上がった。
しかし、反応がなくなってしまうと、ある程度欲望が満たされたこともあってか、2日目以降は少し飽きてきて暇潰しに玩具にする程度だ。
だからこそ、こうしてハロルドが独占出来る機会が回ってきたのだ。

あまり期待はしていなかったが、思ったより楽しめそうだとほくそ笑む。「よう、お嬢ちゃん。気分はどうだ?」
後ろ手で扉を閉め、下卑た笑みを浮かべる。
「こ、こっちくんな…!」
小さな布を命綱のように握り締めながら、今にも泣き出しそうな様子で言った。
逃亡を阻止する意味も込めて、彼女には衣服を着けることを許していない。

 

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「おぉ、怖い怖い。思わず逃げたくなってまうよ」
戯けた口調で言いながら、わざと数歩引いて、メイの恐怖を一層煽るようにわざと緩慢に歩み寄る。
僅かに身体を隠している布を強引に奪い取り、身体を隠そうとする腕を掴んで壁に押さえ付ける。

 

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「…ッ、は、なせ…この、クズ…!」
「クズ、ねぇ」
隠すもののなくなった肌を無遠慮に眺めながら、にやにやと笑みを浮かべる。

「そのクズに玩具にされてどんな気分だ?ええ?」
挑発的にそう囁くと、メイの顔が屈辱に歪むのが見て取れた。動かせない腕の代わりにハロルドの脚を蹴り付けてくる。
少々痛かったが、そんな悪あがきはむしろハロルドの嗜虐心を煽るだけだ。

 

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寝台へと押し飛ばし、そのままのし掛かる。
2人分の体重を受け止めた寝台が小さく軋んだ。

「可哀想な女だな。
野郎どもに犯され嬲られ、処女を奪われたばかりか、人生も未来も全て奪われるんだからな。
喜べよ、お前に早くも買い手が付いたぜ。
帝国の高官サマだ。
まぁ、脂ぎった爺だけどな」
メイの動きがぴたりと止まった。
努めて顔に出さないようにしているが、明らかな怯えが浮かんでいる。
ハロルドは喉を鳴らして笑った。
「エルフは寿命が長いからな。
その分、玩具に出来る期間も長いんで高値が付くんだ。
犯すだけ犯してガバガバになっても、次は子供を産む道具として使って貰えるってもんよ。
良かったなぁ?」
メイは今度は反応らしい反応は見せなかった。
ただハロルドから目を逸らし、彼から聞かされた己の運命について考えまいとしているかのようだ。
ハロルドは喉を鳴らして笑いながら、組み敷いた身体を乱暴に弄る。
メイが痛みに顔を顰めたが、全く意に介さない。
商品として傷が付かない程度なら、少々痛め付けても構わないとハロルドも思っている。
何しろこの女は盗賊ギルド、つまり正真正銘のクズどもの一員であり、悪党なのだ。
こうして慰み者にするのも、悪人への制裁という正当な行為だとハロルドは思う。

この女は、自分やアリンゴス、傭兵仲間、それに故郷で彼の帰りを待っている妻や娘とは違う存在だ。
自分たちのような善良な者とは違って、かわいらしい少女の皮を被った悪人なのだから、どんな酷い目に遭わされても文句を言える立場ではない。

 

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「お前、どうせ命令無視でもしてここに来たんだろ?
前にここに来た女盗賊はきっと相当な実力者だったんだろうが、あの女が失敗したんで、自分に好機が回ってきたとか思ったんだろ?
ギルドのお仲間に褒められたい、凄いと言われたい、認めて欲しい、特別扱いして欲しい…そんなところか?
で、命令無視までして突っ走った結果がこれだ」
そう言って、まだ準備も出来ていない身体を穿った。
華奢な身体が跳ね、小さな悲鳴が上がる。

 

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ハロルドは構うことなく細い腰を掴んで固定し、乱暴に揺さぶり始めた。
「大した能力もないくせに、思い上がるからこんなことになるんだよ」

 

 

 

 

 

 

(何をやっているんだ、俺は)

すっかり手折られた風情のメイを見下ろしながら、ハロルドはそんなことを考えた。
あれからどれぐらいの時間が経っただろうか。
随分と長い間、メイを玩具にして遊んでいた気がする。
しかし今や欲望はすっかり消え失せ、倦怠感と自己嫌悪だけが残った。
自分の妻と愛を交わした後の心地良い気怠さとは違い、今は悪酔いした時にも似た気分だ。
こうして見るとメイは顔も身体もまだ幼く、自分の娘とそう変わらないように見えた。
今見ると到底欲情の対象になどなりそうにないが、そんな彼女を先ほどまで玩具にしていたのは自分だ。

「……」
そのことはもう考えたくない。
というより、自分を振り回したメイにこれ以上関わりたくない。
早く奴隷商人に引き渡して金に換えてしまおう。
そしてその金を持って、故郷で待っている妻と娘のところへ帰ろう。
そう考えたハロルドが踵を返したその時、メイは彼の背に掌を向けた。

 

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掌から放たれた青白い光が、完全な無防備状態だったハロルドの全身を包み込む。
ハロルドは一瞬びくりとして、それから疲れ切った足取りで寝台へと戻ると、崩れるようにして身体を投げ出した。

 

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彼は茫然自失状態で、まるで布人形のように力なく寝台に横たわっている。

幻惑魔法に分類される呪文の1つに「鎮静」という呪文がある。
これは文字通り対象の様々な感情を、術者が「押す」ことによって鎮める効果をもたらす。
もちろん対象の中にない感情を「押す」ことは出来ないし、効果のほどは術者の力量にも左右される。
しかし、相手の感情の動きを上手く利用すれば術者の力量を超えた効果を得られるという知識をメイは持っていた。

例えば、激しい怒りに駆られている者がいるとする。
ただ「沈静」をかけるだけでもそれなりの効果は見込める…が、呪文の効果以外で怒りを鎮める要素を組み合わせることで、呪文の効き目は遥かに上昇する。
術者が話術に長けているならば、他愛もない会話を振って相手の気を紛らわせ、その隙に「沈静」をかければより高い効果が見込めるのだ。
メイはこの知識を応用した。

この3日間、男たちに弄ばれている内に気付いたことだが、男が女の身体に有り付きたいという欲望はそれほど長くは持続しないようだ。
下劣な笑みを浮かべ、卑猥なことを口にしながらメイに跨がって夢中で腰を振っていた男も、その行為が終わると急速にメイへの興味を失った。
初めの内、喪失の痛みといつ終わるとも知れない屈辱の中で何も考えられなかったメイだが、ふとした瞬間にそのことに気付いた。
同時に、これを上手く利用すれば逃亡の糸口が掴めるのではないかと考えた。
しかし、複数人の男が自分に群がっている内はどうにも出来なかった。
そこでメイは、あらゆる抵抗も反抗も止めて、それこそ布人形のようにただ玩具にされるがままになっていた。
すると男たちは次第にメイへの興味を失い、犯される間隔も人数も減っていった。

そして今日、ついにハロルドとかいう男と2人だけになれる好機が巡ってきた。
彼の興味を惹き付ければ惹き付けるほど、行為が終わった後の倦怠感も大きくなり、つまり魔法の効き目も高まるのではないか。そう考えたメイは可能な限り彼を煽ってやった。
そして、ハロルドの欲望が果てた瞬間を狙い、この呪文を間近から放った。
メイの狙い通り効果は絶大で、雄の本能も手伝って、彼は今、抗いがたい放心状態の最中にある。

メイが痛みと倦怠感に苛まれる身体を起こして立ち上がっても何の反応もしない。

 

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その時、床に転がっているダガーが目に付いた。
この3日間の怒りと屈辱が一気に蘇り、拾い上げたダガーを寝台に横たわったままの男へと振り下ろし…かけたが、寸でのところで踏み止まる。

(言われたことをこなし、決して刃を汚すな)

6年前、ギルドに加入した際にメルセルがメイに言ったことを思い出したのだ。

 

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このままダガーを振り下ろし、この男の喉を切り裂いてやりたい。
それは非常に抗いがたい欲求だったが、それでもメイは唇を噛み締めてダガーをそっと下ろした。
その代わりダガーで乱暴にシーツ引き裂き、縄状にするとそれで男を拘束する。寝台にしっかり縛り付けて身動きが出来ない状態にし、猿轡も噛ませておいた。
この男がこれから暫く自分を独占して楽しむつもりだったことは、彼らの会話を聞いて知っている。ならばこれで時間を稼げる筈だ。

 

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目尻の端に浮かんだ涙を拭うと、メイは慎重に廊下へと出た。
廊下で、自分が着ていた服…服だったものを見つけた。
引き裂かれてすっかり布きれ同然に変わり果てていたが、それでも全裸でいるよりはマシだと考え、それを纏った。

 

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どこか別の部屋で男たちの談笑が聞こえる。
彼らの話し声の中に「あの女は今どうしてる?」という言葉が聞こえて、メイはぎくりとした。

「ああ、あの女なら今はハロルドさんが一人占めしてるっすよ」
「そっかー。ハルの奴は絶倫だからな、まだ時間がかかりそうだな」
「えー、ハロルドさんが終わった後俺が使おうと思ってたんだけどなぁ」
「ここは年長者に譲れよ。
つか、よく考えたら仲良く一緒に使えばいいんじゃね?」
「それだ!」

 

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メイは吐き気を堪えながら、急いでその場を離れる。
絶対に捕まるわけにはいかない。

 

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足音を殺し、耳を澄ませながら、メイがまず向かったのはアリンゴスの私室だ。
彼の遺体は既に葬られたらしく見当たらない。

 

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メイは寝台の下に敷いた絨毯のを捲り、例の手紙を取り出す。男たちに拘束される前に、咄嗟に隠しておいたのだ。
男たちはあの後じっくり「身体検査」を行ったが、怪しいものを見つけることは出来なかった。

嫌な記憶が、肌に纏わり付く感触と共に蘇り、メイは身震いした。
自分のすべきことを必死で思い出すことで、ともすれば身動き出来なくなりそうな身体に鞭を打って、メイは次は庭へと向かった。

 

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雇用主のアリンゴスが死去したことで、傭兵たちはすっかり仕事を放棄している。
その甲斐あって何の障害もなく庭へ出ることが出来た。

(ははっ…ざまーみろ)
メイは無理矢理笑おうとしたが、どうしても上手くいかなかった。
今ならすんなり逃げられそうだが、メイにはまだやるべきことが残っていた。

 

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庭にいる見張りを避けて、蜂の巣がある場所へと近付いて行く。
アリンゴスが死んだ今、蜂の巣を燃やすことにどれほどの意味があるのかメイ自身わからなかったが、それでも当初の目的を1つでも果たさないまま逃げ帰るのは嫌だった。

 

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蜂の巣へと近付くと、なるべく声を抑えながら呪文を紡ぐ。
メイの中の魔力が呪文に反応し、燃え盛る炎となって蜂の巣を包み込む。

 

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これまではせいぜいパンを軽く炙る程度の炎しか魔力で生み出せたことのなかったメイだが、不思議なことに、この数日間で見違えるように自分の中の魔力を思うがままに操れるようになった。

幼少時、虐待に近い「教育」を受けて育った甲斐もあって、魔術に関する知識は人一倍ある。
鳥が飛行するように、蜘蛛が巣を張るように、それらの知識でもって自分の中の魔力を操ることが出来る。

ホワイトランでの任務の最中に溺れかけた時、半ば無意識的に魔法を使って窮地を切り抜けた。
その時からメイは、自分の中の魔力が変化するのを感じていた。
魔力はずっとメイの中に在ったが、卵の殻のようなもので覆われており、今までメイには干渉することが出来なかったというイメージが近いだろうか。
ところが、ホワイトランでの任務中での一件以来、卵の殻にヒビが入ったかのようにして魔力が少しずつ漏れていた。
メイドとして働きながら時間を見つけて自らの魔力と向き合ってみたが、なかなか操るところまでは至らなかった。
しかし、地獄のような3日間の中で、卵の殻は一気に砕け散った。

 

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その結果こそが、今まさに目の前で燃え盛る蜂の巣だ。
メイは暫く蜂の巣が燃える様を眺めていたが、遠くから聞こえた怒号で我へと返った。
あまりのんびりしている時間はなさそうだ。
メイは身を伏せて蜂の巣から遠ざかった。

 

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間一髪、見張りの1人がが先ほどまでメイがいた辺りに姿を現した。

「あの女、どこ行きやがった?」
「まだ近くにいる筈だ、虱潰しに探せ!」
傭兵たちの行動は思った以上に早い。
これまで庭に出ていた傭兵の数は疎らで、従来の役割を真面目に果たしているとは言えない態度だったが、蜂の巣が燃え上がるのを見て自分たちの仕事を思い出したようだ。
また、屋敷の中にいた傭兵たちも松明を持って次々と庭に姿を現す。
暗闇の中、小さな炎がいくつも揺らいでいる。

 

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(うわ…こんなにもいる)
暗がりに身を潜めながら、メイは恐怖と焦燥を覚えた。
再び捕まるわけにはいかず、この手紙を持ってギルドに帰還しなければならない。
どこか死角はないかと見回すが、傭兵たちは手慣れたもので、外部へと通じる場所を重点的に見張っている。
そちらへの見張りを続けながらも、松明で敷地内の暗がりを照らしてメイの姿を探し続ける。
見つかるのは時間の問題だ。

(ど、どーしよ)
その時、メイは地面に小さな穴を見つけた。
穴というより、岩と岩の間に出来た小さな亀裂と言うほうが正確だが、メイなら何とか身をねじ込ませられるだろう。
試しにそっと小石を落としてみると、反響した音からして穴の向こうの地面までそう遠くはない。
とは言え、その先に何があるかわからない。逡巡するメイだが、乱暴な足音と「あっちは探したか?」という声が近付いて来ると、迷っている暇はないと穴に入った。

 

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「つ……」

穴の向こうにある地面に着地した衝撃で、足がじんじんする。
幸いにして足を痛めるほどの高さではなかった。

 

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外部からの光が差さないというのに、周囲が明るいことにメイは気付いた。
メイが今いるこの場所は、そこそこの広さがある空間で、明らかに人工的に作られた地下室だ。一定間隔でランタンが置かれており、そのため内部は昼間のようにとはいかないがそれなりに明るい。
しかもそのランタンの明かりは、普通の蝋燭ではなく魔法の品のようだ。これならば相当に長い年月、手を加えなくても周囲を照らし続ける。

何とか危機は免れたが、これからどうしたものか。
先ほど入ってきた穴は、今いる場所から見ると天井に位置しており、手が届きそうにない。そこから地表に出るのは不可能だ。
ここがどこであれ、メイが今いるのは端になる位置らしく、三方は壁で一方向にしか進めそうにない。
他にどうすることも出来ず、そちらに向かって歩き出す。

身体中を痛みと倦怠感が苛み、更にはここから出られるのだろうかという不安が重くのし掛かり、一歩を踏み出すことが途轍もない苦行に感じられる。
それでもメイは前へと進むことにした。
この手紙をギルドに持ち帰る、その目標だけを唯一の支えとして。

 

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暫く進んだところで、ある臭気を感じて立ち止まった。
埃や黴臭さに入り混じった、しかし間違え様のないこの臭いは、
(…血?血の臭いだ)
そう確信した時、視線の先に動く物体を見つけた。

 

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思わず身構えたが、よく目を凝らすとどうやらそれは死にかけているようだ。
無残な姿を晒すそれは、大きな鼠…スキーヴァーだった
あまりに残酷な仕打ちの結果を目の当たりにし、メイは思わず眉を顰めた。スキーヴァーをかわいいと思ったことなどないが、いくら何でもこれは惨すぎる。
しかしすぐに自分の身を案じるべきだということに思い至る。
この死にかけのスキーヴァーは、つまりスキーヴァーより遙かに危険な存在がすぐ近くにいるという証明だ。
メイはヴェックスを襲った「怪物」の存在を思い出した。

 

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(ヴェックス、地下道から入ろうとしたんだっけ。まさか、あたしが今いるここって…)

脳裏に浮かんだ考えを肯定するかのように、恐ろしい咆哮が地下道に轟いた。その咆哮が止むと、揺らめく影が暗がりから姿を現した。

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スキーヴァーに似た外見だが、トロールのように二足歩行で近付いてくる。スキーヴァーよりも大型で、メイよりはやや小柄だが、だからと言って全身から滲み出る凶暴性が和らぐわけではない。
たった今喰らったばかりの獲物の血の臭いを纏いながら、飢えた目を向けてくるその怪物の正体はすぐにわかった。
「ウェアスキーヴァー…」
そう呟くメイの声は、まるで自分の声ではないかのように掠れていた。

(逃げなきゃ)
そう考えたと同時に、でもどこに?という疑問が浮かんだ。
何よりも、足が竦んでしまって全く身動き出来ない。
呪文を唱えようにも、頭の中が真っ白になって何も浮かばない。
何の交渉も駆け引きも不可能な純然たる暴力性を前に、恐怖と絶望が心身を蝕んでゆく。

獣が動いた。
メイはその鉤爪が己を引き裂くことを覚悟したが、獣は全く別方向に腕を振り下ろした。
暗がりから引きずり出されたスキーヴァーの悲壮な鳴き声が反響する。
獣は捕らえたばかりの獲物に牙を突き立てた。
しかしすぐに殺そうとはせず、死なない程度に痛みを与え、その度にスキーヴァーの短い悲鳴が上がる。
その様は捕食というより戯れのようだ。

 

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メイは胸が悪くなるのを感じたが、お陰で再び動けるようになった。
重い身体に鞭打って、可能な限り早く、そして音を立てぬようにその側を駆け抜けた。
来た道を引き返しても逃げ場がないのはわかっているから、危険を冒してでも進むしかない。
身を低くして、殺戮の現場のすぐ横を通り抜けた。
いくつか分かれ道があったが、本能的により狭い道を選んだ。
しかし、やがて行き止まりに辿り着いてしまう。

 

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「うぁ…」
引き返すか、それともこの狭い通路の奥で暫く息を潜めてやり過ごすか。
メイが逡巡していると、恐ろしい咆哮が地下室中の空気を振るわせた。
乱暴な足音がメイへと近付いてくる。
メイが先ほど曲がってきた角に獣が姿を現すまで、そう時間はかからなかった。
獣は怒り狂い、狭い通路へと無理矢理に身をねじ込み、メイへと向かおうとしている。少々窮屈だが、何とか獣が通れるだけの広さはある。

 

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(あたしがあいつをやっつけられるぐらい強かったら…)

人間ではなく、獣や闇の住人を前にした時の盗賊の弱さを思い知り、メイは唇を噛んだ。
その時、それは違うという声が内側から響いた気がした。

(何故お前はこんな簡単なことも出来ないの?)
脳裏に鮮明に蘇ったその声音は、忘れもしない、実母だったあの女のものだ。

(お前は私の娘。誉れ高き血筋なのよ?なのにこれしきのことも出来ないでどうするのよ!?)
(私たちは他種族とは違う、生まれながらの天才なのよ。なのにお前はこんな簡単な魔法さえ使えないと言うの?)

「あたしは…」
何を言おうとしたのかわからないまま、無意識に呟いていた。
あの女に全面的に賛成するわけではないが、しかし「自分は餌食ではない」ということだけは強く感じた。

(なんであたしがこんな奴に邪魔されなきゃいけないの?)
種族特有の選民意識か、あるいは持って生まれた傲慢な気質か。
メイの内に秘めていた何かが、自分の障害となっている獣への怒りとなって沸き立つ。
自分は捕食者ではない。
そう気付いた瞬間から、目の前の獣は恐怖の対象ではなくなった。

 

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呪文を唱え、自分の中の魔力を炎に変じて獣へと放った。
油を吸ったような鈍い輝きを持つその体毛は、予想以上に勢い良く燃え上がり、メイへと突進してくる獣の動きを牽制した。
怒りと苦痛に満ちた獣の咆哮が辺りの空気を振るわせて響く。

 

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「あ、っつ…!」
対象との距離が近すぎて、術者であるメイも炎の影響を受けてしまう。間近で燃える炎の熱さに怯んだせいか、呪文の威力が弱まる。

ウェアスキーヴァーは一度退却すると、激しくのたうち回り、地面に身体を擦り付けることで自分を包む炎を乱暴に消し止めた。
煙を上げながら、怒りと警戒を込めた目をメイへと向ける。
獲物が予想以上に手強いことを悟ったためか、闇雲に突っ込んでくることはしない。距離を置きながらこちらの出方を伺っている。
メイは再び獣に向けて炎を放ったが、あっさりと回避された。
至近距離から炎を放てば、術者にとっても諸刃の剣となることを学習したのだ。

(そっか。ますたー、言ってたっけ。知能も高いって)
開けた場所に出れば、機動力では到底適わない。
その時、メイは閃いた。
あまりにも分の悪い賭けだが、上手くいけば突破口を開けるかもしれない。
覚悟を決めるのに時間はそうかからなかった。

「このっ…あ…」
じりじりとにじり寄る獣に向けて炎を放つ…素振りを見せたが、不発に終わった。

 

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それを好機と見た獣が、一気に距離を詰める。

ぎりぎりまで引き付けてから、メイは再び魔力で生み出した炎を放つ。
まともに顔面を炎で焼かれた獣が、苦悶の叫びを上げながら前肢を振り回した。鋭い爪先がメイの肌を掠め、浅く裂いた。

 

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爆ぜる炎が術者にも触れようとしたその瞬間、メイはもう一方の手で魔力の障壁を出現させた。
途端、熱さが和らぐ。

右手で獣の命を奪いながら、左手で自分自身の命を守る魔法を操る。
ただ魔法を使う時よりも遙かに消耗が激しく、自分の中の魔力が凄まじい勢いで削られていくのを感じる。
炎と障壁は同時に消えた。魔力が枯渇したのだ。

 

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「っ、はあ、はっ…あ…」
肩で荒く息をしながら、獣に顔を向ける。
獣は全身から煙を上げながら倒れている。
警戒は解かぬままその様子を伺うと、獣は顔を天井に向けた状態で倒れ伏せ、濁った目には既に何も映っていない。長い舌がだらしなく垂れている。

 

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ウェアスキーヴァーは事切れていた。
メイは暫く荒々しく呼吸を貪りながら、何が起きたかわからないかのように呆然としていた。
呼吸が整う頃、ようやく自体を理解するに至る。

「は…ははっ…あはははははははは!」
自分がこの獣を屠った事実を理解すると共に、笑いの発作が込み上げて来た。焼け死んだ獣を前に、狂ったように笑う。
「やった!殺した!あたし、殺したよ!あははははっ!
やったやったやったー!
ヴェックスが勝てなかった奴を、あたしが殺した!
あははははっ!わーいわーいわーい!あたしの勝ちぃ!」
地下道に甲高い声を反響させながら、その場で飛び跳ねる。

 

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しかしすぐに抗いがたい疲労感が全身を襲い、崩れるようにしゃがみ込んでしまう。
「あは、ははは…あたしが、勝った…
勝った…
あたしの勝ち…」
声は弱々しくなり、最後のほうは消え入る。

一頻りはしゃいだ後、今度は意に反して全身が震え出す。口からは嗚咽が漏れ、涙が溢れ出す。
正直言って怖かった。
危機が去って一気に緊張の糸が切れたのだ。

 

 

 

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メイは暫くの間、膝に顔を埋めて泣いた。
どれぐらいの間そうしていただろうか。
やがて、力の入らない足を鼓舞して立ち上がる。
まだ時折嗚咽が漏れてしまうが、弱々しい足を引きずりながら進む。
最早、自分が何をしようとしているのかわからなかった。それでも立ち止まるわけにはいかない。

しかし暫く進んだところで、立ち止まらずにはいられない事態と遭遇した。

 

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「う、わ…うそ…」
メイの進む先に、あの獣がいた。
先ほどの個体とは若干異なる姿だが、同種であることは疑いようがない

 

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(この地下に2匹いたなんて…)

しかしメイはすぐにその考えが誤りだと気付く。

 

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暗がりから更に2体のウェアスキーヴァーが姿を現した。

 

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(今度も、やっつける…!)

 

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無理矢理自分を奮い立たせるが、しかしメイの中の魔力は何の反応も示さない。
完全に枯渇していた。
今度こそ、絶望感が心身を侵していく。
この状況を打開する術をメイは知らない。
「いや、だ…!誰か!助けて!助けて-!!」
逃げようにも重い身体は言うことを聞いてくれず、メイは恐怖と混乱に駆られて泣き叫ぶ。

 

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(こんな場所に、誰も助けに来てくれるわけないよ)
メイの冷静な部分は非情な事実を伝える。

命令無視をして、不相応な任務に乗り出した結果がこれだ。
有象無象の連中に弄ばれ、そして何の成果も持ち帰ることが出来ぬまま暗く湿っぽい地下道で獣に食い殺される末路。

(大した能力もないくせに、思い上がるからこんなことになるんだよ)

ハロルドの嘲りを含んだ声が脳裏に蘇る。
彼の言葉を否定したかったが、いよいよどうにも出来ないところまで来てしまった。
メイはその事実を噛み締め、最期の瞬間を覚悟して両目を固く閉ざす。獣の内の1匹が、床を蹴って駈け出す気配を感じた。
せめて長く苦しまずに済むように祈りながら、獣の爪が自分を引き裂く瞬間を待つ。
その時、甲高い悲鳴が響いた。次いで鉄錆を思わせる臭いが周囲に立ち籠める。
しかし、いつまで経っても覚悟したような痛みは訪れない。

 

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「…?」
何が起きたか全くわからないまま、メイは恐る恐る目を開けた。
まず視界に入ってきたのは、床に広がる鮮血と、その血溜まりの中に倒れ伏せた獣の姿。
首に深い裂傷があり、自己再生能力を発揮する前に事切れている。

 

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そして、おそらくは獣のものであろう血に彩られ、妖しい輝きを放つ刀身。
その様は、まるで獣の生命そのものを吸い取っているようにも見えた。
メイは言葉を失い、呆然と佇むばかりだ。

 

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「くだらない真似だけはするなと言った筈だ」
あまりにも馴染みのある、人を見下しきった物言いが聞こえた。
面を上げて相手の顔を確認する間でもなく、声の主が誰であるかメイにはすぐわかったが、しかし到底信じられない。

 

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「ますたー!そ、そんな…どうして…」

 

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メルセルは肩越しに振り返りながら、苛立たしげに舌打ちした。
「馬鹿な奴だ。ヴェックスの話を聞いておきながら、自らこいつらの巣窟である地下道に飛び込むとはな」
メイと獣たちとの間に立ち塞がり、その窮地を救ったのは、他ならぬメルセル・フレイその人だった。