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第9話 「盗賊の本領」

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「ねぇ、こんな場所で大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫っ」

不安そうな表情を浮かべて尋ねるスヴァナに、メイは極めて軽い調子で答えた。
そんな彼女を見て、スヴァナの不安は解消されるどころかますます募ってしまう。

今、2人がいるのはリフテンの城壁の外。
とは言え、城門からそう離れているわけでもなく、2人の少女の姿は警備にあたっている衛兵からも丸見えだ。
メイはまだしも善良な市民であるスヴァナに危険が迫れば、すぐに動いてくれるだろう。

しかしスヴァナの不安は別のところにある。

 

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(本当にこの子で大丈夫かしら…?)
自らメイに協力を仰いでおきながら、その判断に疑念が沸いてくる。

スヴァナのほうからメイに声をかけて、ヘルガに対する嫌がらせの協力を仰いだのはほんの数分前のことだ。

「それで、あたしは何をしたらいい?」
「そうね…あまり他の人には聞かれたくないことだから、場所を移動したいわ。
人目に付かない場所だと、どこがいいかしら?」
「じゃあぴったりの場所があるよ!ついて来て~」
「あっ、ちょっと待ってよ」
駆け出すメイの後を慌てて追うと、この場所まで来たという次第だ。

 

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スヴァナの不安を他所に、メイはしゃがみこんでその辺に生えた草や野花を摘み始める。

「ねぇ、メイ…」
「ここってさ、大きな木がなくて日当たりがいいよね?
だから、特定のハーブがよく育つんだってさ。ヴェケルが言ってたよ~」
「そうなの?でもね、私達はハーブを摘みに来たわけじゃないでしょう?」

若干距離があるから、内緒話をしていても衛兵達に聞こえる心配はないにしても
メイとスヴァナの姿はしっかり黙認されている。
こんな開けた場所で密談など、スヴァナにはどうかしているとしか思えない。
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「それにね、隠れられる場所もないから誰かが近付いたらすぐにわかるし、盗み聞きされる心配もないんだぁ。
衛兵に見られてるけど、女の子2人でお花を摘みに来たってことにすれば疑われないよ」
「なるほどね」

確かにメイの言う通り、周囲には隠れられるような物影がない。
見通しのいい場所で内緒話というのは本能的に落ち着かないが、確かにここなら聞き耳を立てる者がいればすぐにわかる。
それに、遠目からは少女2人が仲良くハーブや野花を摘みに来たようにしか見えない。

(この子、意外と賢いのかもね)
と、素直に関心した。

スヴァナのような全うな人間なら、内緒の話をするのに適した場所と言うと閉ざされた部屋を想像してしまうが、
物影に隠れてこそこそと生きる盗賊ならではの発想なのだろう。
スヴァナは安心して、メイを倣って野草を摘むフリをしながら先ほどの話の続きを始める。

 

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「ねぇ、知ってる?
あの女…ヘルガは先月だけで、3人もの男と寝たのよ」
「寝た、ってつまり…添い寝じゃなくて、ヤっちゃったってこと?先月だけで3人も?」
「ええ、そうよ。他にも何人かの男に声をかけているわ」
「うっわぁ~お盛ん!
…それがヘルガの秘密なの?」

ヘルガの性生活の奔放さには驚いたが、すぐに疑問が沸く。
何人もの異性と関係を持つというのは、確かにあまりいい印象は持たれないだろうが、
ヘルガの弱みになるほどの重大な秘密とも思えない。
ヘルガは貞淑な修道女というわけでもなく、むしろ派手な印象の女性だ。
実は奔放でしたと言われても、なるほどと頷けてしまう。

「ヘルガが男と寝ることは、その行為以上の意味があるのよ。
あの女にとっては、ディベラ崇拝の一環ね」
「ディベラ崇拝?」
「これは単なる男女の営みに留まらない…言ってみれば、あの女が行っているのはディベラの魔術ね」
「まじゅつ?」
メイには全く話が見えてこない。
スヴァナも、言葉を選びながら話しているようだ。
時折滞らせながら、言葉を紡いでいく。

「その、ディベラの魔術は行為と密接な関わりがあるらしいのだけど…
言ってみれば、ヘルガと関係を持った男達は、彼女に魔術の実験台にされたようなものね。
特に実害はないようだけど」
「ずっこんばっこんヤりまくる魔術?
へぇー…魔術って色々あるんだぁ」

 

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「私も詳しいことはよくわからないんだけどね。
でも、1つ言えるのはヘルガはディベラの魔術を行っていることは何としても秘密にしたがっているわ。
そこで、メイ、あなたにはヘルガがディベラの魔術を行っている証拠を見つけて欲しいのよ」
「しょーこ、って…?」
「偶然知ったのだけど、ヘルガは寝た男にディベラの印と呼ばれる青い宝石を渡しているわ。
彼らはそれを肌身離さずに持っている筈よ。
それを集めてきてヘルガに突き付けてやれば、きっとヘルガも酷く狼狽する筈よ!」

そう言ってスヴァナは、元来なら優しげな印象を与える顔に底意地の悪い笑みを浮かべる。
メイもまた、「それ、いいかも!」と言ってにんまり笑う。

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ディベラ崇拝も魔術のこともメイの理解の範囲を超えたことだが、それでヘルガの弱みになるならやる価値は十分ある。
早速、ヘルガとディベラの魔術を行った男達の名前を聞き出し、ディベラの印の回収へと乗り出す。

 

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「じゃあまた後でね」と言って宿舎に戻って行くスヴァナと別れ、メイは馬屋へと向かう。

リフテン水産のボリー、ブラックブライアハチミツ酒醸造所のインダルイン、そして馬屋のホフグリル。
彼ら3人がヘルガによる「ディベラの魔術」の対象で、メイの標的だ。

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最初の標的はホフグリル。

「よーしよし、いい子だ」
馬の世話をしている彼に、そっと忍び寄る。

 

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スヴァナは、彼らがディベラの印というのを肌身離さず持っていると言っていた。
何らかの儀式に使用した貴石を、儀式終了後も肌身離さず持つという話はメイも聞いたことがある。
それどころか、そのような貴石を相手の懐から抜き取ったことさえある。

あまり大っぴらに見えるところには持たないだろう。
アクセサリーにして身に着けているとは考えにくい。

(あのポシェットが怪しいかな)
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すぐ近くに停められた馬車が目隠しとなり、ホフグリルの立っている位置は死角になっている。
メイは周囲の様子を伺いつつ距離を狭めていく。

窃盗と言うと夜の帳が落ちてから行うものと思われがちだが、陽光の射す場所には同時に影も落ちる。
光が強ければ強いほどに、影もまた色濃くなる。
メイはそんな影に身を置きながら、慎重かつ素早く相手の懐を探った。

(びんご!)
目当てのものはすぐに見つかった。
持ち主の雰囲気に不釣合いな青い宝石を盗み出したメイは、すぐにその場を後にした。

 

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その調子で残る2つのディベラの証も回収した。
隙と機会を慎重に伺う必要があり、その分の時間を要したが、盗み出すこと自体は難なく成功した。

獲物に狙いを定めて隙を伺う間の緊張感、そして仕留める一瞬に集束される高揚感。
いつものことながら名状し難いほどの快感を覚える。

 

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―…窃盗はお前の天分だな、小娘よ。

こんな時、メイはいつでもブリニョルフのその言葉を思い出し、噛み締める。

 

 

「こんにちはー」
夕刻になり、仕事を終えた労働者がヘルガの宿舎へと帰って来る。
そんな中、再びメイが姿を現した。

 

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奥の食堂ではスヴァナが忙しそうに動き回っている。
人目もあるため、彼女への報告は後にしてメイはヘルガへと歩み寄る。
当然ながらヘルガはうんざりした顔を向けて来る。

 

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「またあなたなの?言っておくけど、あなたなんかに渡すお金はないわよ」
「へぇー?これと引き換えでも?」

そう言ってディベラの証を見せると、途端に顔色が変わった。

「あなた、どこでそれを…!?
いえ、それよりも…」
明らかに狼狽するヘルガ。
予想した以上に顕著な反応を見せる彼女に、メイのほうが面食らってしまう。
ヘルガは恐る恐る周囲を伺いながら、身振り手振りを交えてメイに印を仕舞うように促す。
少し溜飲が下がったこともあって、メイは素直に従った。

「ある人達が持ってたの。
彼らの名前は―」
「いいえ、話さないで。知りたくないわ。
お願い、このことは秘密にしてちょうだい」
メイの言葉を遮り、首を左右に振りながら弱々しく懇願してくる。

メイは彼女の豹変ぶりに少なからず驚いた。
(まさかここまで効果があるなんて…ディベラの魔術してたのがバレたら、そんなにまずいことになるの?)
驚きつつも、同時に内心でほくそ笑む。
いや、内心どころか顔にも露骨に出てしまう。

「じゃあ、お金返してくれるよね?」
「ええ、すぐに用意するわ…」
「あ、そーだ」
青ざめながら覚束ない足取りで、奥の部屋に向かおうとするヘルガの背中を眺めながら、メイはある案を思い付いた。

それをヘルガに伝え、承諾して貰ったところで宿舎を後にした。

 

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その直後、メイはビーアンドバルブにいた。
それも、カウンターから最も近い席に陣取って豪勢な食事を摂っている。
キーラバが好意的でない視線を向けてくることもあったが、敢えて無視した。

(どーせすぐに泣きを見ることになるんだからね)
思わず「くししっ」と意地の悪い笑いが漏れてしまう。

 

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「いったい何を企んでいる?」
タレン・ジェイが不信感と警戒心を隠そうともせず、問いかけてきた。

今朝、メイとキーラバとは口論を交えたばかりだ。
その日の内にここに再び姿を現し、しかも妙にご機嫌な様子で豪勢な料理を注文するメイを見れば、
不安を掻き立てられるのも無理はないだろう。
何しろメイは盗賊ギルドの関係者で、しかも窃盗の常習犯だ。

「なーんにも?」
「……」

へらへら笑うメイと、険しい面持ちで彼女を見返すタレン・ジェイ。
両者が向き合う中、ヘルガが姿を現した。

 

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「ヘルガー、こっちこっち~」
まるで親しい友人でもあるかのようにヘルガを呼び寄せる。
対してヘルガはいつもの威風堂々とした風格は影を潜め、怯えの色さえ浮かんでいる。
メイとヘルガ両者間に漂うただならぬ雰囲気は、キーラバとタレン・ジェイを大いに驚かせた。

「おなか空いたから先にご飯食べてるよ。
ついうっかりいつもより多めに、しかも高いのばかり頼んじゃったけど、ヘルガが奢ってくれるよね?」
「ええ…」
重々しく頷く。

「とりあえず先にお金返して」
「これよ。きっちり借りた分だけ入ってるわ」
「どれどれ…よし、おっけーおっけー」

金額を確認すると、満足そうに頷いて食事を再開する。
一通り食べ終えて身も心も満たされたところで、他の誰にも気付かれないようにヘルガに例の印を渡した。

先ほどメイは、金とディベラの印の交換をビーアンドバルブで行うことを提案した。
ヘルガがメイに食事を奢るという条件も付けて、である。
ヘルガの金で食欲を満たすという目的もあったが、メイには別の狙いもある。

これでヘルガは片付いた。
となると、次は…

 

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「キーラバ~」
「何よ?」

ヘルガは気丈かつやり手の女将として、リフテンでは名の知れた存在だ。
どんな手段を使ったにせよ、そんなヘルガをやり込めたメイにはさすがのキーラバも警戒心を抱く。

 

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それでも強気な態度を崩さない彼女に、タレンが声をかけた。

「キーラバ、ギルドから借りた金を返すんだ」
「タレン!でも…」
「彼らはどんな手段に出るかわからない。
もしかしたら、この女が言っていたこともただのこけ脅しでは済まないかもしれない」
「……」
「モロウィンドウに家族がいるんだよね?」
「…ッ!わかったわ、ちゃんと払うわ!
だから家族には、家族にだけは手を出さないで…!」

今までの強硬な態度が崩れ落ち、懇願を始めるキーラバにメイは思わず肩を竦めた。
「あたし達のこと、どんだけ鬼畜だと思ってんだか。
っていうか、そこまで酷い奴だと思うぐらいだったらさっさと返せばいいのに」

 

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借金を回収し、他人の金で食べるものを食べたメイは、すっかり満足していた。
回収した金貨の詰まった袋とは対照的に、軽い足取りでギルドへと帰る。

 

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そんなメイを興味深そうに観察している者がいた。
リフテンの名士で、盗賊ギルドの支援者でもあるメイビン・ブラックブライアだ。

 

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「あの娘が例の…なるほど」
メイビンの呟きは夕餉時の酒場の喧騒に掻き消され、誰の耳に届くこともなかった。

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