第28話 「彼に似ている」

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「…ફક્ત થોડો માણસ જે છેતરાઈ ગયા છે」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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絹を裂くような叫び声が聞こえたのは、零時を回って少し経ってからのことだ。
ブリニョルフは紙束を捲る手を止めて顔を上げた。
今日もまたか、と思えば自然と険しい面持ちになる。

彼は今、メイが寝ている部屋の隣の部屋にいる。机に向かい、届いたばかりの手紙の束とと古い地図とを見比べているところだった。

 

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メイがゴールデングロウ農園から帰還して、そろそろ一ヶ月になろうとしている。
ところが、あの一件以来、彼女はずっとあの調子だ。
もう長らくまともに眠っていない。眠りに就いたと思ったら、悪夢に魘されて目を覚ます。
また、食事も殆ど受け付けないようで、この一ヶ月間で目に見えてやつれた。

かと言ってブリニョルフには何もしてやれることはない。
こんな時、ブリニョルフは自分がいかに無力化を思い知る。
いや、正確に言うと、ブリニョルフなりにメイのためにしてやれることを考えたりもした。
考えるだけではなく、その準備も進めてはいるが、まだメイ本人には何も伝えていない。
ややあって、壁越しにメイが起き上がり部屋を出て行く気配があった。
湯あみにでも行くのだろう。

 

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メイの気配が完全に遠のいた後、ブリニョルフは舌打ちをすると乱暴に紙束を引っ掴んで部屋を出た。

 

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彼がその足で向かったのは、メルセルのところだ。
執務机に置いた書簡を眺めていたメルセルは、僅かに顔だけを上げてブリニョルフのほうを見遣った。

「メルセル…」
目線だけで「何だ」と問いかけるギルドマスターの名を、ブリニョルフは抑えた声で口にした。
ブリニョルフにしては珍しいことだが、二の句を継ぐまで時間が掛かった。

「何故あいつを潰すような真似を?」

視線を再び羊皮紙へと向けたメルセルに、ややあってそう問いかけた。
ここ最近で、何度も脳裏を過ぎった疑問。
しかしこれまでは一度も口に出さなかった疑問。
我慢の限界が訪れ、遂に彼はメルセルにそう尋ねた。

メルセルはすぐには答えず、表情1つ変えずに書簡を眺めている。
紙を捲る音が妙に大きく響いたように感じたのは果たして気のせいだろうか。

「ブリニョルフ、“蜂”の件についてはどうなっている?」
「…え?それなら“北の友から”手紙が届いたばかりだ…いや、メルセル」

自分の問いかけに答えないメルセルに反感を覚えたが、しかし彼が振ってきた話題はギルドにとって重要な問題でもあり、彼を非難することは躊躇われた。
メルセルが話題に出した“蜂”というのは、盗賊ギルドにとって脅威になりつつある組織の通称だ。

 

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「さて、まずは現地に赴いて調査に当たる必要があるが…
ブリニョルフ、あいつはどうしている?」
「あいつ?
…それは、小娘のことを言っているのか?」
「まさか、まだあの調子なのか?もう一ヶ月ほども経つぞ」

メルセルは心底うんざりしたという表情を浮かべた。
彼の言う「あいつ」とは、ブリニョルフが考えた通りメイのことのようだ。
そんなメルセルに、ブリニョルフは言葉を失った。

「メルセル…」
「何だ」
「何だ、じゃない。あんた、いったい何を考えているんだ?」

これまた珍しいことだが、ブリニョルフは感情を露わにしてメルセルに詰め寄る。

「“蜂”の件に、まさかあいつを関わらせるつもりだって言うのか?
今のあいつにそんなことが不可能だってことぐらい、あんたにわからない筈がないだろう!?
いや、それどころかあいつにはもう盗賊稼業は無理なんじゃないかと俺は思っている」
「もしこれで潰れる程度の奴なら、どっちにしたって先はない」
「何…?
まさかあんたがあいつをそこまで買い被っているとは知らなかったぞ、メルセル。
しかし、さすがにそれはあいつの力量を見誤っていると言わざるを得ない」

 

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メルセルはそれ以上答えようとせず、手元の書簡に視線を戻した。
ブリニョルフは暫く彼を睨め付けていたが、やはりその内面は読み取れない。

メルセルは使えない者を切り捨てる非道さを持っているが、しかしそれ以前に無駄なことを嫌う合理主義者である。
ゴールデングロウ農園の一件がメイには荷が重すぎることぐらいメルセルにわからない筈がなく、どうしてそんな分の悪い賭けに出たのかブリニョルフにはわからない。

結果、メイは命こそ助かったものの盗賊としては死んだも同然だ。
彼女はヴェックスほどの凄腕の盗賊にはなれないにしても、それなりに将来性があった。
メルセルが、その芽をむざむざ潰してしまうことがブリニョルフには理解出来なかった。

 

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「…まぁいい。“蜂”については俺のほうで何とかする。
お前は引き続き、例の調査に当たれ」
「…わかった」

ブリニョルフは苦々しい面持ちで頷いた。
例の調査とは、メイがゴールデングロウ農園から持ち帰った書類に関することだ。
僅かながら、送り主や売却に携わった者に繋がる手掛かりが記されていた。
今、ブリニョルフとデルビンとで手分けして調査に当たっている最中だ。

(だが、確かにあいつは売却証明書を持ち帰ることに成功した)
ふと、そんな考えが脳裏を過ぎった。
ゴールデングロウ農園への潜入は確かにメイの手に負えるような任務ではなかったが、だからと言って他に適任者がいたかと聞かれると、ブリニョルフは答えに窮する。
メルセルが赴くという選択もないではないが、ギルドマスター自ら赴かなければあの農園を支配出来ないというのは、パトロンに対していよいよ面目が立たなくなってしまう。

 

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「……」

メルセルの判断はやはり正しかったのか?
少なくとも、ブリニョルフには他の代替案が浮かばない。
とは言え、メイのことも気掛かりだが他にやならければならないことは山積している。
頭を切り換えてその場から歩き出そうとしたその時、メルセルが独白のように呟いた。

「あいつはまだまだ未熟で、その上、馬鹿な奴だ。
それでも、彼女に飼い慣らされはしない」
「…何だって?彼女、とは?」

思わず聞き返したが、メルセルから返事はなかった。

 

 

 

 

 

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その後、ブリニョルフは結局夜明けまで起きて仕事をこなした。
3時間ほど仮眠を取り、昼近くにはいくつか終わらせる要件があったため外へと出かけた。
正午を3時間ほど回った頃にギルドに帰還した彼を、サファイアが呼び止めた。
彼女の顔には沈痛な表情が浮かんでいる。

「サファイア。浮かない顔をして、どうしたんだ?
…いや、おそらくは小娘のことか?」

サファイアは溜息交じりに頷いた。

「今朝がたのことなんだけど、あの子、浴室で水に浸かっていたわ。
私が止めに入るまで自分が何をしているか、よくわかっていなかったみたい。
かなり長い時間浸かってたみたいで、その時にはすっかり冷え切ってた」
「そうか…
それで小娘は今どうしてる?」
「さっき市場に出かけたけど、今はもう帰ってるわ。
フラゴンで、デルビンが何か食べるように勧めてたかしら」
「わかった。ちょっとあいつの顔でも見に行ってみるよ」
「それがいいわ。
そうね、私も一緒に行こうかしら」

丁度おなかも空いてきた頃だしね、と言うサファイアと共にフラゴンへと向かった。

 

 

 

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フラゴンへと足を踏み入れようとしたしたところで、2人して足を止めた。

「今のは聞き捨てならないね、デルビン」

静かな、しかし怒りを含んだヴェックスの声が聞こえた。
フラゴンの様子を伺うと、ヴェックスとデルビンが向かい合い会話をしているのが見えた。

 

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酷い怪我をしてギルドに戻って来たヴェックスだが、一ヶ月以上が経過した今よなっては、まだ本調子とは言えないものの起き上がれる程度には回復してきた。

本人がいつまでも怪我人扱いされるのを嫌ったこともあって、盗賊稼業には復帰出来ないが、その代わりにデルビンを手伝って事務的な仕事をこなしている。
メイがゴールデングロウ農園から例の手紙…売却証明書を持ち帰ってからというもの、その送り主を特定するべくデルビンは古い書簡を引っ張り出したり、嘗ての取引相手を1人ずつ順番に洗い出したりと忙しく動き回っている。
しかし今、両者の間には会話と呼ぶにはあまりにも険呑な雰囲気が漂っている。

「ああ、君がこういう考えを嫌うことは知っている。
しかし、それでも私の考えは変わらない」

彼女とは対照的に、デルビンは落ち着いた様子だ。
それでも、彼の口調や表情には畏怖とも怯えともつかないものが見て取れた。

 

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「やはり我々は何かに呪われているんだ。
ゆっくりと…今はまだ、という意味でだが…破滅に向かっている。
そしてその呪いは、とうとう君にまで及んでしまったんだよ」

 

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「ふざけんなよ、ジジイ!
呪いだって!?女神の加護だって!?
馬鹿馬鹿しい!
あたしは自分の腕でここまできたんだ。
間違っても女神の加護なんか頼りにしてないし、そんなもんあたしには関係ないね!」

デルビンの言葉が引き金となって、ヴェックスは今まで抑えていた怒りを爆発させた。
怒り、という表現が生易しいほどにヴェックスは激高している。
サファイアは驚くあまり、その場から動けなくなってしまう。

 

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「ヴェックス、私は何も君が女神の…ノクターナルの加護だけでここまで来たと言っているんじゃない。
寧ろ、彼女は君のように腕のいい盗賊こそ愛するのだと私は考える」

 

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「どっちにしたって同じことさ。
ノクタナールの加護だの愛だの、そんなもんあってもなくてもあたしには関係ないっつってんだよ」

 

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「しかし、今回のことはあまりにも…その、不可解な点が多すぎる。
何が、人智を超えた存在の力が働いていて、それがいよいよ君にまで及んできたとしか思えないんだ。
君に続いて、メイだってそうだ。
彼女があんな目に遭ったのは、本当に本人の不注意や不運だけだろうか?」

 

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「…あたし?あたしが、何?」

唐突にメイが会話に割り入ってきた。
彼女は今の今まで、端のほうの席に腰を掛けてぼんやり過ごしていた。
自分の名前が聞こえたことで我に返ったのか、席から立ち上がる。

デルビンもヴェックスも、口論を止めてメイのほうを振り返る。
「メイ!
いや、それは…」
口籠もるデルビンにメイは詰め寄る。

 

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「あたしが…何?ねぇ、あたしがどうかした?
不注意とか不運とか、いったい何の話をしてるの?あたし、ちゃんと任務を成功させたよね?
何?まだ何か不満があるわけ?」
「あー…その、落ち着きたまえ。落ち着くんだ」
「あたし落ち着いてるよ?
それより、あたしが聞いてることに答えてよ」

デルビンは両手を軽く持ち上げ、メイを宥めようとする。
しかしメイはお構いなしにデルビンに詰め寄る。
その顔は一見すると無表情だが、目には狂気めいた輝きが見えた。
その視線の強さに、デルビンは怯んだ。

 

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「あたし、成し遂げたよ?ちゃんと成し遂げたよね?
ヴェックスだって出来なかったことを。
蜂の巣だって燃やしたし、アリンゴスが誰かに農園売った証拠だって持って帰って来たよね?
ねぇ、違うの?」
「あ、ああ。そうだ…その通りだ。だが…」
「だが、何?
その呪いとかノクターナルとか、あたしには関係ないし。
あたし、ちゃんと成功したもん。
ヴェックスは呪われてるかもしんないし、もしくは呪われてないけどただ実力不足なだけかもしんないけど、あたしはどっちも違うよね?
ねぇ、違うよね?
違うでしょ!?
ねぇ!?
ねぇってば!!デルビン!!」

初めこそ淡々とした口調だったが、徐々に熱を帯びていく。
後半は殆ど叫び声に近くなっていた。
ただならぬ様子に、デルビンが慌て始める。

「お、落ち着け!
君はまだ本調子じゃない、もう少し休んだほうが…」
「本調子だもん!!」

何とか宥めようとしたデルビンだが、むしろ火に油を注ぐ結果となってしまう。
メイは一際甲高い声で叫んだ。

 

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「うっ…」

次の瞬間、その身体が傾いだ。
睡眠不足と栄養失調が続いて身体が弱っていたところで、急に興奮したり大声を出したせいだろう。
頭痛と目眩が同時にメイを襲った。

 

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「危ない!」
デルビンが叫んだ。
彼が一歩踏み出し、メイを支えようとした時、彼女のほうが先に動いた。

デルビンへ向けた顔を恐怖に歪め、手近にあった酒瓶を素早く手に取り、デルビンの頭上に振り下ろした。

「近寄んな!」
「ぐぉぉぉぉぉ!?」

デルビンの額を直撃した酒瓶が砕け、ガラスの破片が宙を舞う。

 

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メイは勢いを殺さぬまま、身体を半回転させて彼の鳩尾に強烈な蹴りを入れた。

「がはっ!?」

デルビンの身体が後方へと押し飛ばされ、樽と衝突した。
その拍子に近くの棚にぶつかり、様々なものが周囲に散乱した。

 

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「あ、あんた!何やってるんだい!?」
一瞬呆気に取られていたヴェックスが、慌ててメイを取り押さえようとする。
しかし恐慌状態に陥ったメイは強力で、ヴェックスの手を簡単に振り解いて逃れる。

 

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ブリニョルフもヴェックスに加勢しようとしたが、寸でのところで踏み止まった。

代わりにサファイアがメイに駆け寄る。
2人がかりで取り押さえて、漸くメイの動きを封じることに成功した。

 

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「メイ…落ち着いて。
大丈夫、大丈夫だから。
ねぇ、聞こえる?
私の言ってること、わかるかしら?」
サファイアがメイの肩を叩きながら、上擦った声で語りかける。
初めの内こそ興奮して暴れていたメイだが、徐々に落ち着きを取り戻してきた。

 

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「さ、ふぁ…いあ?」
「ええ、そうよ」

サファイアは幾分か安堵した様子で言葉を続ける。

「ここはフラゴン、あなたにとって安全な場所。
ここにはあなたを傷付ける奴はいない」
「ふらごん…」

メイはその場所名を反芻した。
口に出すことで現実感が戻ってきたのか、それ以上暴れることはなかった。

 

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暫く誰も一言も発さず、蹲ったデルビンの呻き声だけが響いた。
メイははっとした様子で彼に顔を向ける。
何が起きたか、自分が何をしたのか思い出したようだ。

 

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「…ごめん」

メイがそう口にすると、デルビンは力なく笑って首を横に振った。

「ふ…ヴェックスの鉄拳制裁に慣れている私にとってこれしき、そよ風のようなものさ。…いてて」
そう言って起き上がろうとするが、その瞬間に痛みが走ったように顔を顰めた。
どうやら身体も痛めているらしい。

サファイアとヴェックスに拘束されたまま、メイはただ立ち竦むばかりだ。
2人とももどう声をかけていいかわからず、かと言ってメイから手を離していいのか判断が付きかねているように見えた。
再び重苦しい沈黙が流れる。

 

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「小娘、少しいいか?」

沈黙を破ったのはブリニョルフだ。
今度こそ期は満ちた。
メイに伝えるべきことを伝えなければなたない時が訪れたのだ。

 

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「ブリニョルフ…」
「お前に話がある。一緒に来てくれるか?」

メイは顔を強張らせた。
答えるまで、一瞬の間があった。

「…いいよ」

それでも、一逡巡した後に小さく頷いた。
サファイアとヴェックスが、どちらからともなくメイから手を離す。

「すまんな、デルビン。サファイア、ヴェックス、後のことは頼んだ」
「…ったく、しょーがないねぇ。
ほら、とっとと立ちなよジジイ」

先ほどまでの緊張感が幾分か解けて、その場にいる誰もが各々に動き出す。
そんな仲間たちに背を向けて…一瞬だけ肩越しに振り返った後、メイはブリニョルフに付いて行く。

 

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ブリニョルフはメイを伴い、ホンリッヒ湖を見渡せる場所まで歩いて来た。
その間、両者とも一言も発さない。
空は晴れ渡り、緩やかな日差しが地表を照らしてはいるが、そろそろ昼間でも肌寒さを感じる季節だ。

「小娘。これを見てみろ」

そう言ってブリニョルフがメイに見せたのは、1枚の羊皮紙だ。
そこにはタムリエル大陸全土の平面地図と各地の地名が描かれている。

「見た、けど」
首を傾げるメイに、ブリニョルフは地図の上部に位置する土地を指差した。

「お前も知っているとは思うが、これはタムリエルの地図だ。
ここ、この最北の地こそが今俺たちがいるスカイリムだ。
住んでいる者からすればスカイリムは広く感じるよな。
でも、実際は広い大陸の一部に過ぎないのさ」
「…うん」

 

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ブリニョルフは地図を仕舞い、ホンリッヒ湖のほうに身体を向けた。
太陽は既に西に傾いている。
あと1時間足らずで夕刻を迎えるだろう。
日差しを受けて眩い輝きを放つホンリッヒ湖を眺めながら、メイに言葉をかける。

 

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「リフテンの南に山が見えるだろう?
あの山を越えれば、その向こうにはシロディールが広がっている」
「らしいね」
「シロディールの更に向こうには、ヴァレンウッドやエルスウェーア…スカイリムとは気候も植生も何もかも違う土地があるんだ」
「ふーん」
「つまりだ、小娘。世界はお前が思っているよりずっと広い」
「…結局、ブリニョルフは何が言いたいの?」

 

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一瞬、沈黙が落ちた。
ブリニョルフは、再びメイに向き直る。

「単刀直入に言おう。
小娘、ギルドを抜けて真っ当な世界で生きる気はないか?」
予想通りの反応だが、メイは身体を強張らせた。

「それってつまり、あたしにギルドから出てけってことだよね。
あたしが役立たずだから?」
「いや、違う。そうじゃない。
俺はお前を罰しようと思って言っているんじゃない」
「嘘」
「…まぁ、最後まで聞け。
お前も知っての通りだが、デルビンは広い人脈を持っていてな、盗賊ギルドの幹部としてだけじゃなくて真っ当な世界でも顔が利くんだ。
彼の表社会の知り合いに、シロディールに大きな農園を持つ夫婦がいる。好人物だが、子宝には恵まれなかったらしい。
それで信頼出来る伝手を頼って養子を迎えたいと考えている。
デルビンとは既に話したんだが、小娘、その話に乗る気はないか?」

 

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これこそが、ブリニョルフなりにメイのことを考えた結果だ。
今回のことで、ブリニョルフはメイに対して責任を感じていた。

あの時、他にやることが多くて彼女に注意を払わなかったのはどう考えても自分の失態だ。
メイが自分に嘘や隠し事をすればすぐにわかるだろうと高を括っていたことは否めない。

自己責任だと投げ出すのは簡単なようだが、彼はそれが出来ない性質だ。
そもそも、メイをギルドに連れ帰った当初、いくら何でもこの稼業に引き込むには幼すぎるという反対意見も少なくはなかった。
にも関わらず、ブリニョルフはそれを押し切る形でメイをギルドの一員にしたのだ。

今から思えば軽率だったと自分でも思う。
そもそも、当時の自分が何故あんなことをしたのかブリニョルフ自身にもよくわからない。
ブリニョルフの想いなど露知らず、メイは怒りを湛えた面持ちで彼を見上げている。

「あたしが邪魔だから、厄介払いしたいってこと?」
「だから、違うと言っているだろう。
確かにお前はなかなか腕の立つ盗賊だが、しかし何も盗賊稼業だけが人生ってわけでもない。
もっとも、俺が言ってもあまり説得力はないが」

そう言ってブリニョルフは自嘲気味に笑った。
しかしメイはにこりともしない。
押し黙ったまま、ブリニョルフを睨み付ける。
やがて、ブリニョルフがゆっくりと息を吐き出した。

「小娘、俺がお前に盗賊という生き方を選ばせたのは、どう考えても時期尚早だった。
さっきも言った通り、世界は広い。盗賊という生き方だけが全てじゃない。
お前は今いくつだったかな?」
「15だけど」
「15か。若いな」

ブリニョルフは目を細め、メイを見つめる。
頭を撫でようと手を伸ばしかけたが、メイの顔に怯えが浮かんだのを見取って慌ててその手を引っ込めた。
気まずさを誤魔化すように、小さく咳払いする。

「あ-。まぁ、何だ。
俺がお前をギルドに迎えてから6年が経った。
若いお前にとってその6年は人生の大半と言えるほど長い時間だっただろう。
それこそ、お前からすればギルドでの生活や盗賊としての生き方こそ世界の全てのように思えるかもしれない。
だが、俺はもっと広い世界にも目を向けてみるべきだと思う。
どうだろうか?」

 

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慎重に言葉を選びながら言った後、ブリニョルフはメイの様子を伺う。
いきなり違う生き方を、盗賊として以外の人生を選べと言われても、受け容れがたいであろうことはブリニョルフにもわかる。
追放命令のように受け取ってしまうのも無理はない。
だからこそ、どの時期にどのようにして伝えようか迷っていたのだ。
「小娘。お前がギルドを出たからと言って、俺や他の連中が赤の他人になるというわけでもない。
何らかの形で手紙での遣り取りも可能だし、たまには会いに行ってやることも出来る」

これは追放命令などではないということをメイが理解しやすいよう、静かに語りかける。
ややあって、メイが口を開いた。

「今は1人になりたい。…ごめん」

ブリニョルフの気遣わしげな視線を避けるように顔を背け、それだけを言った。
その姿は拒絶とも受け取れた。

「小娘…いや、わかった」

何か言葉をかけるべきか迷った後、結局何も言わずにおいた。
今のメイを1人にするのは、ブリニョルフとしては正直あまり気が進まないが、本人の意を汲むことにした。

 

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「じゃあ、俺は先にギルドに戻るからな。
…それと、小娘。街の連中のギルドに対する畏怖強まっている。
とは言え、まだ昔のように恐れられるまでには及んでいないためか、風当たりも強い。
自分の身に気を付けて、なるべく早く帰ってこいよ」
「……」
「俺の言っていることを理解してくれたな、小娘?」
「…うん」

 

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メイがやっと頷くのを確認すると、ブリニョルフは彼女に背を向けて歩き出す。
ところが、一歩踏み出したところで足を止めた。

「そうだ。小娘、お前にこれをやろう」
「ん…?」

ブリニョルフは内側に縫い付けたポケットを探り、1本のロックピックを取り出した。
それはメイの目にはただの古ぼけたロックピックにしか見えないだろう。
しかし、実はこのロックピックはある重要な意味を持つ特別なものだ。

少なくともブリニョルフにとっては。

「昔、メルセルに無茶難題を吹っ掛けられたことがあってな。
相当複雑な仕組みの鍵を開けてみせろと言って、3本のピックを渡された。
2本までは簡単に折れちまったが、3本目で奇跡的に開いたんだ。
…とまぁ、俺にとっては幸運のロックピックと言えるかな」

あまりにも自分らしくない台詞だ、とブリニョルフは思った。
何より、実利主義者の自分がそんな幸運のピックをお守りのように持っていたということを小娘に知られるのはなかなかにきついものがある。
照れ隠しのように、メイにロックピックを差し出す。

「お前にやるよ」
「…ありがと」
メイは小さく礼を言って受け取った。

 

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そんな彼女に背を向け、今度こそブリニョルフはその場を後にした。

 

 

 

 

 

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メイの意思を尊重することにしたものの、ブリニョルフは強い不安を感じていた。

その昔、ギルドの一員にブリニョルフを慕っていた少女がいた。
彼女は確かな実力と明晰な頭脳を持つ優れた盗賊だった。
しかし、自分の能力を過信していたか、それとも運がなかったのか、とにかく事件は起こった。
盗みに入った先で見つかってしまい、捕らえられて何人もの男から陵辱を受けたのだ。
あれほど自信に満ち溢れていた彼女は、その一件以来抜け殻のようになってしまった。

あの時の彼女の姿は今も忘れない。
そして今のメイを見ていると、どうしても彼女と重なってしまうのだ。

…それから暫くして、彼女は自ら命を絶った。

ブリニョルフは幼い頃からギルドに所属し、ギルドと共に生きてきた。
それだけ盗賊稼業を長く続けていれば、昨日笑い合った仲間が今日冷たい骸になって路上に転がっていることも珍しくない。
何人もの仲間の死を見てきたが、しかし彼は仲間の死に対していつまで経っても鈍感にはなれない。

肩越しに振り返ると、メイは心ここに在らずといった様子で佇んでいる。彼女の姿はブリニョルフの不安をますます煽る。
出来ることなら今すぐ引き返して、メイを無理矢理にでもフラゴンに引っ張って帰りたいと思った。
いや、以前なら確実にそうしていた。
何故なら、彼女はまだ自分の庇護下に置くべき存在だと思っていたから。

 

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今回、敢えてそうしなかったのは、メルセルが取った不可解な行動に起因している。
ブリニョルフにはメルセルが何を考えているのか理解しかねるが、彼のメイへの冷淡な態度の中に期待や信頼と呼べるものを微かに感じた。
メルセルは意味のないことはしない。
彼と長い付き合いになるブリニョルフはそのことをよく知っている。

(あたし、盗賊になるんです)
初めて会った時の、そして自らメルセルにそう宣言した時のメイの姿が脳裏にありありと浮かぶ。
傲慢な強い目をした奴だ、とブリニョルフは思った。

 

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その時、不意に更に古い記憶が蘇った。
忘れもしない、あの少年の姿を鮮明に思い浮かぶ。

(へぇ?お前、なかなか見所がある奴だな。
確かガルスが連れてきた奴だったよな。
よし!お前を俺の子分にしてやるよ!)

まだ幼さの残る、しかし高慢なまでの自信に満ちた少年の声が耳の奥に蘇る。
自分が命ずれば、誰もがその通りに従うのが当然と信じて疑わず、実際に人を惹き付ける強さを持つ少年だった。

 

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そうだ、彼もまたメイと同じように傲慢な強い目をしていた。
そのことに気付いたブリニョルフは、知らずの内に足を止めていた。
メイとあの少年の姿が重なる。
彼はどこかメイに似ている…いや、違う。

 

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「ああ、そうだ…」

ブリニョルフは目眩を覚え、手近な樹木に寄り掛かる。

「彼があいつに、小娘に似ているんじゃない。
小娘が彼に似ているんだ…」

傲慢な強い目をした奴だった。
その目を見て、ブリニョルフに心の片隅で懐かしさを覚えた。
あの時は気付かなかったが、メイは彼に似ている。

 

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「…メルセル、に」
掠れた声で呟き、背後を振り返った。
しかしもう既にメイの姿は見えない。

バトルボーン家から支援要請があった時、メルセルがメイをその任務に当てたと知ってブリニョルフは大いに反発した。
しかし、彼が考えている以上にメイのことを高く評価していると知った時、「何か」が脳裏を過った。
今なら、その正体がわかるような気がする。

ブリニョルフはずっと前から、おそらくはメイと対峙した瞬間から、無意識の内に彼女に嘗てのメルセルの姿を重ねて見ていた。

 

 

 

 

 

 

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ブリニョルフと言葉を交わした後、メイはその場に座り込んだままホンリッヒ湖を眺めていた。
西の地平線へと沈み逝く太陽が湖を照らし、水面がきらきらと輝く。
しかし、そんな美しい光景もメイの目には映っていない。

ブリニョルフがメイのことを気遣って言ってくれていることぐらい、理解は出来た。
しかし、同時にブリニョルフは何もわかっていないとも思う。そう思うと同時に、彼に大いに失望した。
メイにとって盗賊であるということは、即ち生きることと同じ意味を持つ。

様々な生き方や職業の中から盗賊を選んだのではない。
自分は盗賊として生まれてきたのだとメイは確信している。

そんなことを言えば、おそらく彼は「お前はまだ若いからだ」と、無知故の思い込みの類と片付けただろう。
この感覚を、自分の中に在る確信を、ブリニョルフには…というより、他の誰にも理解して貰える気がしない。

「でも…」
同時に、ブリニョルフの言うことは正しいのかもしれないという気もしてしまう。
メイは今、6年前にブリニョルフからギルドへの勧誘を受けた時のことを思い出していた。

(あたし、頑張ってあなたみたいな盗賊になります)

嘗てメルセルにそう宣言した自分が、今や簡単な盗みさえも出来なくなってしまった。
一過性のことだと思い込もうとしていたが、いよいよ現実を直視しなければいけない時期がやって来た。

 

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「あたしは…盗賊」

自分の掌を眺め、小さく呟いた。
しかし口に出した声音とは裏腹に、内心は自分が今も盗賊を名乗る資格があるのかどうか自信が揺らいでいる。
メイは生まれながらの悪党だが、同時に15の少女でもある。

ゴールデングロウ農園で自分の身に降り掛かった一件は、メイをとことん打ちのめした。
男なら即座に殺されていたところだが、女だからこそ身体を弄ばれた代わりに反撃に出る機会を得られ、それが任務の成功へと繋がった。
どんなにそう言い聞かせたところで、やはり傷付いたことに変わりはない。

「……」

僅かな間に太陽は殆ど西の彼方へと姿を隠してしまった。宵闇が駆け足で近付いてくる。
スリ師にとって日暮れ前のこの時間は絶好の機会だが、今のメイには何も盗める気がしない。
そろそろギルドに帰ろうかと思う反面、帰りたくないという気持ちも強い。
とは言え、行く宛てなどある筈もない。

そもそも、盗賊ギルドは今となっては自分の居場所とは言えないのではないだろうか。何の貢献も出来ない自分に、ギルドに留まる資格があるとも思えない。
メイは盗賊以外にはなれない。
かと言って、現状を打開することも出来ない。
こんな自分はいったい何者なのか。

 

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(いっそ死んじゃえばラクになれるのかな)

不意にそんな考えが過ぎった。
同時に、本来なら自分が既に死んでいた身だということを思い出す。
絶体絶命と思えたあの時、確かに生を望んだ。
そしてそれが叶ったからこそ、今ここにいるのだ。

「ますたーが…」

文字通りメルセルに救われた命だ。
彼が何故わざわざメイを助けに来たのかはわからない。
しかし、メルセルは無駄なことを嫌う合理主義者であり、そんな彼がメイを生かしたということはそれなりの必要性を見出してのことだろう。

(ますたーに会いたいな)

ふと、そんなことを思った。
ゴールデングロウでの一件を報告して以来、メルセルとは一度も顔を合わせていない。
本人が多忙を極めているせいもあるが、メイ自身もまた自分の姿を彼に見られることを厭って避けてきた。
メルセルに会ってどうするのかは自分でもわからないが、それでも今すぐに彼に会いたいとメイは強く感じた。
もちろん励ましや優しい言葉など期待していない。

メイは自分のことを生まれながらの盗賊だと確信している。
メイにとってものを盗むことは、鳥に羽があることと同じぐらい当たり前のことで、そんなメイに盗賊稼業を止めろというのは鳥に飛ぶのを止めて地表で生活しろというようなものだ。
ブリニョルフにも、他の仲間にも本当に意味ではメイが抱く確信を理解は出来ない。

「でも、ますたーだったら…」

6年前、偶然盗みに入った屋敷でメルセルと相見えた。
その際に彼の実力の、盗賊としての気質の片鱗を見た。
以来、魂の奥深くで彼への共感にも似た思いがずっと在る。

自分の一方的で勝手な思い込みかもしれないと何度も思った。
しかし、同時に思い込みじゃないかもしれないとも同じぐらい思った。

どちらが正しいかなどわからない。
それでも、1つだけ確かなことがある。

 

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「ますたーに会いたい」

今度は明確に口に出した。

その時になってメイは、3人の見知らぬ男に取り囲まれていることに気付く。
今まで自分の思考に夢中するあまり、周囲への警戒が疎かになっていたのだ。

 

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その内の1人には見覚えがある気がしたが、咄嗟には思い出せない。
男たちは気付かれたと悟った瞬間、一気に襲い掛かってきた。

 

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「やっ…このっ、離せ…!」
「いでででで!暴れんな!そっち押さえとけ!」
「よっしゃ!」
「大人しくしてろよ…この!」

男の1人がメイの下腹に拳を叩き込んだ。

 

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「か、はっ…!」

痛みのあまり、頭の中が真っ白になった。
そのまま意識が遠退いてゆく。

「よし、上手く捕まえられたな…」
「このまま運ぶぞ」
薄れ行く意識の中でそんな声を聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

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とある薄暗い建物の中で、3人の男の話し声が聞こえる。
彼らは床に横たわる少女を取り囲んでいる。メイだ。
簡素な造りの壁から、西日が差し込んで男たちの姿を照らす。
3人はいずれも暗青色の肌をしたダンマーだ。

 

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「ふぅん?
ドブネズミみたいに臭くて汚らわしい最低最悪の女だって聞いたからどんなかと思ったが、顔はまぁまぁかわいいよな」
1人の男がメイの側にしゃがみ込み、彼女の顔を覗き込んでいる男がそんな感想を口にした。
それを聞いた別の男…白い頭巾を被ったダンマーが嘆息する。

「お前、よくこんなガキ犯る気になれるよな?」
「俺も同感ですよ。こんな女、何の品性も魅力も感じられませんね。
…まぁ、キャラバンの護衛をしている猫ぐらいしか友達のいない女ですからね。当然と言えば当然でしょう」

 

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3人目の男も同意見を口にする。
他の2人と違って丁寧な口調だが、どこかしら棘を感じさせる物言いだ。

 

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メイの側にしゃがみ込んだ男は、困惑して肩を竦めた。

「いや、でもまぁ、一応は女だしな」
「あー、俺無理だわ。せめてもうちょっと出るとこ出てりゃあなぁ」
「この際、贅沢言うなよ。
そもそも、あくまで俺たちの目的はこいつを痛め付けて懲らしめるんだろ?
死なない程度にさ。
そうしたらヘルガさんがご褒美くれるんだ」
「だよな、全てはヘルガさんのためだ」

彼ら3人…いや、3人の内の2人は、労働者のための宿舎を営むヘルガの知人である。
彼女のファンと称したほうがより正確か。
ヘルガに頼まれ、以前彼女を脅したメイへの仕返しを代行するつもりだ。青臭い小娘とは言え、女に痛い目を見せるなら輪姦してやるのが一番手っ取り早い。

「でも、せっかくだしこいつでも適当に楽しませて貰うとしようや。
ってわけで、俺からいくぞ?」

 

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話が纏まりかけたところで、丁寧な口調の男がそれを制した。

「待ってください。
この女を攫う手引きをしたのは俺ですよ。
俺が一番手で文句ないでしょう?」

 

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「…お前、こいつに何の品性も魅力も感じてないんじゃなかったのかよ?」
「ええ、そうですよ?
でも、個人的にこの女は気に入らなくてね。
前から痛め付けてやりたいと思ってたんですよ」
「ああ、そういやお前はこいつとギルドで一緒なんだっけか。
こいつと何かあったのか?」
「そうですね、まぁ、それなりに仲良くしていましたかねぇ。
一緒に甘いものを食べて談笑したこともありましたし」

と、穏やかな笑顔で答えた。
その笑みを絶やさぬまま、横たわる少女の頭を踏み付ける。
他の2人は、こいつは敵に回したくない類の奴だとげんなりした。

「この女、盗賊ギルドのマスターに恋してるらしいですよ?
悪趣味ですよねぇ」
「はぁ。そもそも、こっちはそのギルドマスターって奴がどんな奴か知らないんだが」
「つーか、まさかそれが俺たちの悪巧みに協力した理由なのか?」
「そんなところです。
あ、でも勘違いしないでくださいよ?
嫉妬とか、そんなんじゃないですから」

そう言って、横たわる少女に視線を落とす。
笑顔のままだが、その赤い双眸には嫌悪と軽蔑と…それに憎悪が浮かんでいる。

「本当に目障りな女。
あの男に惚れているだなんて、虫唾が走る。
…કારણ કે તે નાકનું ખૂબ હવાની અવરજવર થાય છે, જ્યારે તે મજાની વિશે હોય છે, ત્યારે તે કડકા નાક માટે જરૂરી નથી」
「はぁ?」

 

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男2人には彼の後半の言葉は理解出来なかった。
また、彼女が振り向いてくれないことへの恨みが動機になっているかと思いきやそうではないらしく、彼がこの娘に嫌悪を抱く理由もわからず、ただぼーっと成り行きを見守る。
一番手を名乗り出た男は、前を寛げながら腰を屈める。

 

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覆い被さるようにメイの服に手を伸ばした瞬間、彼を見上げる双眸が開いた。

 

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思わず怯んで動きを止める男に、メイはいつのまにか手にしていた抜き身のダガーを一閃した。
それが自分の腰元から盗まれたものだと気付く間もなく、男の皮膚が大きく裂けた。

 

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「えっ?あ、あれ?…うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

傷口がぱっくり口を開き、そこから真っ赤な鮮血が溢れ出す。
他の男2人は慌てふためいて彼に駆け寄る。

 

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「大丈夫か!?」
「し、止血を…布!何か布を…!」
メイに切り付けられた男は膝を折って蹲る。
傷口を塞ぐように手で押さえているが、指の隙間からは尚も止め処なく血が流れている。
男の周囲の血だまりが広がるのに比例して、その顔からは文字通り血の気が引いて行く。

男の1人が、友を傷付けた張本人であるメイを鋭く振り返った時には既に彼女の姿はなかった。

 

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