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第12話 「昨日の記憶 前編」

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ヘルゲンでドラゴンを目撃したのが17日のこと。
その日、ナギとジェイ・ザルゴはリバーウッドの宿屋で一夜を明かした。
同時刻、すぐ目と鼻の先にある民家にメイがいたのだが、もちろんナギには知る由もない。
そして翌日の早朝には、ホワイトランに向けて出発していた。

因みに、ナギとジェイ・ザルゴがホワイトランに向かう頃にメイはホッドの家で朝食を取っていた。
そのまますぐにホワイトランに向かえば馬屋の辺りで鉢合わせした可能性もあったのだが、
メイが途中で馬を盗んで方向転換したためにナギと顔を合わせることなくリフテンへと帰還したという次第だ。

ホワイトランへと向かうこの時点では、ナギはリフテン行きの、ジェイ・ザルゴはウィンターホールド行きの馬車に乗る予定で、そこで別れる筈だった。

ナギにとって、ドラゴンの出現は特別な意味を持つ。
スカイリムに住む多くの者にとっても看過出来ない事態だが、ナギにはそれ以上の意味がある。
あのドラゴンはどこに飛んで行ったのか、他の個体は存在するのか、気にかかることはいくらでもある。
しかし、まずはリフテンにある盗賊ギルドに帰還し、ヘルゲンで終えた仕事の報告をするのが今は最良の選択だろう。

ナギがヘルゲンで行ったのは、これからシロディールへと運ばれる予定だった文書を摩り替えるという任務だった。
ドラゴンの襲撃を受けるよりも前に、偽の文書はシロディールに帰還する帝国の士官兵によって既に持ち出されている。
今頃無事に然るべき相手に届けられている筈だ。

ナギの脳裏に、ギルドマスターであるメルセルの不機嫌そうな顔が浮かんだ。
ヘルゲンで足止めを食らったことで、任務の報告が予定より大幅に遅れている。
今頃さぞかし苛立ちを募らせているに違いない。

任務の報告も重要だが、それに盗賊ギルドは広い情報網を持っている。
ドラゴンに関する有力情報も何か得られるのではないかとナギは考えた。

 

 

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「それにしても、ジェイ・ザルゴは驚いたよ」
リバーウッドからホワイトランまでの山道を歩きながら、ジェイ・ザルゴが言った。
太陽が東の地平線から僅かに顔を覗かせたばかりで、まだ辺りは薄暗い。
鬱蒼とした山道となれば尚のことだが、そんな雰囲気を打ち消すように彼の声音は陽気に響いた。

しかしナギは、ジェイ・ザルゴの視線が自分の耳へと向けられていることに身構えてしまう。

「…別に驚くほどのことでもないだろう」
「いや、だって生まれ付きその耳なんだろう?先祖返りとは、実に興味深い」

ナギがぶっきらぼうに答えてもジェイ・ザルゴは意に介した風もない。
歩みを進めながらもナギとの距離を詰め、まじまじとナギの耳に注目している。
ナギは鬱陶しく感じていることを隠そうともせず、耳に触れようと伸ばした彼の手を邪険に振り払った。

 

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「先祖返りと言っても、あくまでただの仮説に過ぎないよ」

ナギの頭に生えたカジートのような耳は天性的なものである。
とは言え、自分の両親がどうだったか、遺児であるナギには知る由もない。
ただ、自分を拾って育ててくれた父からは生まれ付きだったと聞いている。

この特徴的な耳を除けば、ナギは普通のブレトンと変わりない。
ブレトンは、人類の祖先と古代エルフの混血が進んだ結果誕生したと言われている種族だ。
今では異種族間で子を成しても、生まれてくる子は混血児とはならず、母親の種族としてこの世に生を受ける。

しかし、本当にそうだろうかとナギは思う。
父親の種族の特徴も、たとえ潜在的にでも受け継ぐのではないか。
また、人間と獣人の間で子を成すことも不可能というのが定説だが、長い歴史の中で「成功例」があってもおかしくないのではないだろうか。

ナギは、自分の先祖の中にはカジートとの混血がいて、その血脈が巡り巡ってナギにこのような「特徴」を与えたのでは、と考えた。
昨夜リバーウッドの宿屋にて、ナギの耳に興味津々なジェイ・ザルゴにそう話して聞かせた。
とは言え、ジェイ・ザルゴに言った通りあくまで仮説は仮説に過ぎない。

 

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「ということは、だ。
ジェイ・ザルゴと君とで子を成せば、やはりカジートのような耳を持った人間が生まれてくるのか?
それとも、よりカジートに近くなるだろうか?」
「…はい?」

一瞬、何を言われたか理解出来なかった。
ジェイ・ザルゴがとんでもないことを口にした事実を理解すると同時に、ずざざ…と、思わず反射的に彼から距離を取った。

 

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「知らない」
無機質な声で突き放すように言ってから、「試す気もない」と付け加えた。
いくらジェイ・ザルゴとは言え、「実験してみよう!」などと言い出すとは思えなかったが…
いや、まさか、もしかしたら、という懸念も禁じ得なかった。

その時、ジェイ・ザルゴが弾かれたように顔を上げた。

「ま、まさか!」
「今度は何だ」
「まさか、そのぅー、ジェイ・ザルゴはナギに対してとんでもなく失礼なことを言ってしまっただろうか」
「…君でもそんな風に自覚することがあるのだな」
「ああ、すまない。ジェイ・ザルゴは心から謝罪するよ」
「…別に、もういい」

ジェイ・ザルゴと知り合ってからまだ2日目だが、このカジートの青年の性格は何となく掴めていた。
良くも悪くも率直で、自分の好奇心に忠実で、思ったことは何でも口にする。
そしてそれによって不快感を抱かせたとわかれば、すぐに謝罪する潔さもある。
だが、いつまでも落ち込んでいるわけでもなく、むしろすぐに忘れる。
悪人というわけでもないものの、一緒にいると何かと腹立たしい奴だとナギは思ったが、
こうして項垂れている姿を見るとどうにも弱い。
しかしジェイ・ザルゴは、ナギの予想だにしない突飛な発言をまたしても口にした。

「女の子と間違えて悪かったよ、本当に」
「え?は、な…なん、だと?」
「最初はちゃんと男だと思っていたんだ。胸もぺったんこだし。
でも、話していると声が結構高いし立ち振る舞いもちょっと男らしくない気もして、女の子だと勘違いしてしまったよ。
いや、本当にすまなかった。ジェイ・ザルゴを許してくれないか」
「……」
文字通り言葉を失うナギ。
二の句が継げない。

 

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「……そんなことよりも先を急ごう」
暫く無表情かつ無言になった後、短く告げた。そしてその言葉通り、ホワイトランに向けて早足になる。
そんなナギをジェイ・ザルゴが慌てて追いかける。

 

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ジェイ・ザルゴの発言に面喰ったり腹を立てたりするのを通り越して、ついには抗議するのも馬鹿馬鹿しくなった。
彼がナギに対して抱く誤解を今更訂正することさえ面倒臭く、
今はただジェイ・ザルゴとさっさと別れることを最優先事項として先を急ぐのみだ。
こんな腹立たしいクソ猫とこれ以上顔を合わせていたら、ストレスで胃が溶けてしまうと本気で危惧した。

 

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暫く進むと狼の死体が転がっていた。
まだ死後間もない。
ナギは反射的に影に隠れるように身を伏せ、耳をぴんと立てて周囲の様子を伺う。

 

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樹々の間で揺れる炎を見つけた。
一瞬山火事かと思ったが、それは人の形をしている。
(炎の精霊か)
ナギは心の中で呟いた。
炎の精霊はまだナギ達に気付いておらず、纏う炎を揺らめかせながら周囲を徘徊している。

炎の精霊は本来ならニルンの生き物ではなく、何らかの手段でオブリビオンから召喚された存在だ。
その力を制御することが出来れば心強い味方となるが、制御し切れずに暴走してしまうこともある。
あの炎の精霊の近くに召喚した魔術師の姿がないということは、おそらくは制御出来なくなって殺されてしまったのだろう。
ということは、定命の者を見つければ見境なく襲ってくることは必至。

炎の精霊は下位とは言えデイドラだけあって敵に回せば手強い相手だが、ニルンに留まっていられる時間には限りがある。
このまま気配を消してやり過ごすのが得策だろう。

「ジェイ・ザルゴ、」
「炎の精霊だ!」
ナギがジェイ・ザルゴに小声で呼び掛けたと同時に、彼は高揚した口調で叫んだ。
彼の言葉に応えるかのように、炎を纏った精は揺らめくような動きで哀れな獲物を振り返り、臨戦態勢へと入る。

 

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「…ッ!!君という奴は…!」
「ジェイ・ザルゴはまだ炎の精霊を召喚する術を身に着けていない。
いずれその魔法も覚えたいものだ!」
「そんなことを言っている場合か!
魔術師として大成したければこの場を生き延びることに集中するんだ」

 

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ナギは半ば居直って、呪文を唱え始める。
他にどうしようもないからというのもあったが、ジェイ・ザルゴの実力についても気になってはいた。

結果はと言うと、2人がかりなら思いの外楽に切り抜けられた。
ジェイ・ザルゴは魔法の威力はさほどではないものの、動体視力に優れているか命中精度は申し分ない。
彼が氷雪の呪文で冷気をぶつけ、動きを鈍らせたところをナギが放った雷の矢で穿たれ、
ニルンに繋ぎ止める力を断ち切られた炎の精霊はオブリビオンへと還る。

炎の精霊が先ほどまでいた場所には、赤褐色をした石が1つ転がっていた。

 

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山道を暫く進むと、大きな街が見えてきた。
ホワイトランだ。

 

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「あの街がホワイトランか」

 

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「ああ、あともう少しだ」

 

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やがて2人はホワイトランへと到着した。
ところが…

 

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「え?ウィンターホールド行きの馬車がない?」
悲痛な面持ちのジェイ・ザルゴに、馬屋の主人は申し訳なさそうに頷く。

 

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「ああ、昨日出たばかりさ。タイミングが悪かったな」
「そ、そんな」
がっくりと項垂れ、その場に膝を着くジェイ・ザルゴ。

ウィンターホールドはスカイリムの最北に位置し、いわば僻地である。
スカイリムの他の都市との間で物資の流通などはあるが、ウィンターホールドの人口が少ないためにそう頻繁ではない。
ウィンターホールド行きの馬車の数もごく少数で、一度逃すと次は1か月待ちということもザラにある。
そして今、ジェイ・ザルゴはその数少ないウィンターホールド行きの馬車を逃してしまったという事実を突き付けられたばかりだ。

 

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「うぅむ、馬車を逃してしまったのは残念だが仕方ない」
しかし、打ちひしがれながらもジェイ・ザルゴの意識は早くも次に取るべき行動へと向けられている。

「よし、ウィンターホールドまで歩くことにしよう。
えーっと、ここからとにかく北を目指せばいいんだな?」
「いやいや、それは考え直したほうがいい」
今すぐにも北を目指して旅立ちそうな勢いのジェイ・ザルゴを、馬屋の主人は目を白黒させながら止めた。

ホワイトランからウィンターホールドまでの道のりは長く険しい。
北へ行くほど野生動物やモンスターも大型化し、凶暴性も増す。
何より、スカイリムの最北の地は想像を絶するほど過酷な環境だ。旅をするなら入念な備えが必要となる。
リバーウッドからホワイトランまで行くような気軽さでその旅に臨もうとするジェイ・ザルゴに、馬屋の主人が慌てるのも無理はない。
そんな彼に、今度はナギが尋ねる。

「リフテン行きの馬車は、いつ到着するだろうか?」
「ん?ああ、リフテン行きの馬車なら明日には到着予定だよ」
ナギは教えて貰ったことに礼をを述べ、嘆息しつつジェイ・ザルゴに向き直る。

 

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「ジェイ・ザルゴ。
ここから東に、リフテンという街がある。
その街には、アハカリというカジートが率いるカジートキャラバンがよく立ち寄る。
彼女のキャラバン隊は、リフテンから更に北方の街、ウィンドヘルムやドーンスターを巡回しているんだ。
たまにウィンターホールドに寄ることもあるとも聞いた。
…差し支えがないのなら、明日になってから私と一緒にリフテンへと出発し、アハカリのキャラバンに同行するのが考えうる限り最も安全だと思う」
「ああ、そりゃいい。同種族ならキャラバンの連中も歓迎してくれるだろうしな」
ナギの提案に馬屋の主人も同意する。

ジェイ・ザルゴは、驚嘆したように「ほぉぉ」と言った。

「そんな手段もあるのか!
わかった、ジェイ・ザルゴはナギが提唱した手段を取るよ」
「ただし、キャラバン隊と同行している間、彼らは君を客人じゃなくて人手として扱うだろう。
細々とした雑用はもちろん、山賊の襲撃があれば戦う必要もある」
「大丈夫、何も問題ない!
ジェイ・ザルゴがいればキャラバンも安泰だよ。
ドラゴンが襲ってきたって平気さ」
「…大した自信だな、相変わらず。アハカリもきっと心強いだろうな」

 

 

 

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(…やれやれ)
ホワイトランの石畳を歩きながらナギは小さく嘆息した。
面倒臭いことになった、と思う。
というより、自ら面倒事を招いている。
そう気付きながらも結局状況に流されるという現状に甘んじている。

 

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(私らしくもない)

「ここがホワイトランか!
へぇ、なかなかいい場所だな。
思ったほど寒くないし、過ごしやすそうな街だ」
「ここはスカイリムの中では最も温暖な場所だからな。
けれど、君がこれから向かうウィンターホールドはここの比じゃない極寒の地だ」
ナギは腑に落ちないものを感じながらも、ジェイ・ザルゴとこうしてホワイトランを歩いている。
考えれば考えるほども、自分がどうしてこんなことをしているのかわからなくなる。
苛立ちが募るばかりで納得のいく答えがすぐに見つかるとも思えず、ナギは無理矢理に思考を中断した。

(どの道、アハカリに引き渡せば今度こそもう二度と関わる機会もないんだから)
自分自身にそう言い聞かせた。

 

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「先ほど炎の精霊が落とした石は、炎の塩鉱石と言って貴重な錬金素材になる。
そこそこの値段が付く筈だから、あれを売って装備を整えるといい」
「おお、それはありがたい。
でも、その石を売ったお金をジェイ・ザルゴが全て使っていいのかい?」

 

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「いいわけないだろう。いくらかは私も貰う。
話し合いの余地はない」
「わかった、それで構わない」
大柄な態度で返すナギに、しかしジェイ・ザルゴは頓着する風もなく頷いた。
ジェイ・ザルゴの興味は既に別のところ…ホワイトランを見て回ることに向いているらしく、
待ち切れないといった様子でそわそわしている。

 

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「ホワイトラン…と言えば、ドラゴンズリーチがある街だったかな?
大昔、そこでドラゴンを捕まえたことがあると聞いた。
それに、ホワイトランには魔法ショップもあるらしい」

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「…落ち着け。まずは錬金術屋に行くのが先決だよ」
「わかった。そこであの石を売るんだな?
…おや、あれは何だろう?ひょっとして、もしかして、噂の魔法ショップかな?」

そう言いながらジェイ・ザルゴは逸る気持ちを抑え切れないかのように、早足で歩き始めた。
その背を眺めながら、やれやれ、と肩を竦める。

 

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「子供でもあるまいし、ホワイトランに来たぐらいでこんなにはしゃぐのは君ぐらいのものだぞ」

今日1日ジェイ・ザルゴに付き合うことで、任務の報告は更に遅れてしまう。
他に気にかかること、するべきことはあると思えるにも関わらず、ナギはジェイ・ザルゴを眺めながら自然と笑みを零した。

 

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「ここが噂の魔法ショップか!」
「これはこれは…カジートの魔術師とは珍しい。
魔術の習得をお望みですか?」

 

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「いかにも。
ジェイ・ザルゴはこれからウィンターホールド大学に向かうところだが、ここでも学ぶことがありそうだ。
…しかし、どれも結構高いな」
「ジェイ・ザルゴ、ここで扱う魔導書はどれも中級者以上に向けたものばかりだ。
費用もそれなりに必要だしな。
まずはウィンターホールドで基礎を固め、なおかつスカイリムで金銭を得る手段を確立してからのほうがいい」
「むぅ。なるほど…なかなかに世知辛いな」

 

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ホワイトランを歩き回り、ジェイ・ザルゴの旅装備を揃えている内に、気付けば日没近くだ。
夕闇が空に広がり初め、ホワイトランの街並みを茜色に染めていく。

 

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「これだけあれば当面は何とかなるだろう」
ナギはそう言って頷いた。
炎の塩鉱石は確かにそれなりの値で売れたが、比較的手頃な古着や古道具を選んでにも関わらず
ジェイ・ザルゴの旅の装備を揃えたらほぼ全額が消えた。

「いくらかは私が貰う」と宣言していたナギは、途中で自分のために林檎を1つ買った。
別に食べたかったわけでもないのだが、やはり宣言した以上は自分の取り分を得ないと気が済まなかったのだ。

 

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(…我ながらくだらない意地を張っているとは思うけれどな)

「こんなにいい装備が揃ってジェイ・ザルゴは嬉しいよ。
ありがとう、ナギ」
「…金はあくまであの石を売却した君の取り分だ。私に礼を言う必要がどこにある?」
「だって、ナギが店主達と交渉してくれたじゃないか。
君が彼らと仲良しだから、値引きにも応じてくれたんだろう?
ジェイ・ザルゴは魔法の技量はともかく、交渉事はまではさすがに得手じゃないから
もしジェイ・ザルゴ1人だったらこれだけの装備を揃えることは出来なかった筈だ。
ジェイ・ザルゴはナギに感謝してるよ」
「したいなら好きにすればいい」

そう言い捨ててナギは踵を返す。
これから宿に向かうとは決めていたが、率直に言い様のない居心地の悪さを覚え、その場から逃げたくなったのだ。
「宿屋に向かおう」と伝えようとジェイ・ザルゴを振り返った時、彼が予想外の言葉を口にした。

 

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「それにしても、ナギは随分と嘘つきなんだな。
ジェイ・ザルゴは驚いたよ」
「は…何、だと…?」

 

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「嘘つき…だと?私が、か?」
あまりに歯に衣着せぬ物言いに、どう返答していいかわからず言葉に詰まる。
ジェイ・ザルゴの声音に悪意や避難の色は皆無で、そのことが一層ナギを混乱させた。

「ああ、だって今日1日見ていたら、会った相手全員に嘘ばかりついていたろ?」
「嘘…とは随分な言い草だな。
嘘も方便とはよく言ったもので、交渉時におけるいわば取引き術だよ」
「でもナギは、金銭が絡まないただの雑談の時でもそうだったじゃないか。
ナギはホワイトランに知り合いが多いけど、彼らと挨拶を交わして談笑している時でさえ、本心は別のところにあるようにジェイ・ザルゴには見えたよ」
「それは、」
今度こそ絶句してしまう。
ジェイ・ザルゴの言葉の1つ1つがナギにとって図星だった。
反論を試みたが、いくつか脳裏に浮かんだ言い分はまるで波に浚われる砂の城のように脆く崩れ去り
適切な言葉を構築することが出来ない。

 

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やがて降参を認めるように小さく嘆息し、「宿屋に向かおう」と改めて伝えて歩き出す。
そに道すがら、独白のようにぽつりと呟く。

「君は妙なところで勘が鋭いのだな、ジェイ・ザルゴ」
「いかにも。ジェイ・ザルゴには魔法の技量だけでなく、観察眼という才能もある。
それに何より、ナギは耳に感情が出やすいんだよ。
本心を言わない時は、わかりやすい動きをしてるよ」
「耳…」
そんな指摘を受けたことなど初めてで、思わず反射的に自分の耳に触れる。
試しに耳を動かしてみようとしたが、手足を動かすのと違ってどうしたらいいか全くわからない。
「耳に感情が出やすい」と言われても、少しもぴんとこない。

(同じような耳を持つ者だからこそわかるのか…?
おそらくそうだろう)
ナギは無理矢理に自分を納得させた。

 

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「人間社会で生きるなら、周囲と折り合いを付ける必要がある。
君のように思ったことを何でも口に出しても許される者など稀だよ。
…許されているかどうかはわからないけどな」
「へー、そうなのかい?
でも、ナギはジェイ・ザルゴに対しては嘘つきじゃないだろう?」
「そういえばそうだな…君に対して取り繕っていたら身が持たないだろうな。
…君は既にわかっているとは思うが、私は思考が刺々しい奴でな。
考えることも決して綺麗ではない。
私が君のように本心を包み隠さず話していたら、それこそあっというまに孤立するだろう」
「ナギが、かい?
そういうものなのか…ジェイ・ザルゴには理解出来ないな。
ジェイ・ザルゴは今みたいに普通にしてる時のナギのほうが好きだけどなぁ」
「は…」

またしても絶句してしまう。
今日1日だけで、これで何度目だろうか。
常に冷静に俯瞰で自分の立ち位置や状況を判断し、どう選択するのが最良かを理性的かつ利己的に考えているナギとしては
ここまで調子を狂わされる相手はジェイ・ザルゴが初めてだ。
不意に、何故かはわからないが笑い出したい衝動が込み上げてきた。
今のこの感情を何と呼ぶのかはわからないが、少なくとも不快さはない。
ナギは一先ずジェイ・ザルゴへの評価を「腹立たしいクソ猫」から「調子が狂うカジート」へと改めた。

 

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