skyrimstory_12_49

第13話 「昨日の記憶 後編」

skyrimstory_12_39

「試練を求めてんのなら、いいところへ来たな」

宿屋へと入ったところで、ナギ達を呼び止める声がかかった。
夕餉時の酒場には多くの者が集まり、吟遊詩人が歌い、賑やかどころではない喧騒に包まれているにも関わらず不思議とよく通る声だ。
見れば、黒い長衣に身を包んだ男がつくねんと座っている。
ナギはホワイトランではそれなりに顔が広いほうだが、見覚えのない人物だ。
旅人か何かだろう。

数年前、ナギがまだ子供と呼べる年齢だった頃に育ての親である父を亡くした。
「スカイリムで女として生きて行くのは大変」とはナギの知人の女性の言葉だが、ナギはその言葉に同意する。
ましてや年端もいかない娘ならば尚のことだ。
盗賊ギルドのマスターであるメルセルに見出されて…というか、正確には降されて盗賊ギルドに所属するまでの間、
たった1人で何とか生き繋いできた。
そんな経歴もあって、ナギはそれなりに人を見る目には自信があり、関わるべきではない相手に対して勘がよく働く。
そしてナギは今、目の前の人物に対してまさしくそのように感じていた。

ナギは酒場の喧騒に掻き消されて聞き取れなかったかのように少し離れた席に腰を下ろす。
出来ればこのまま気付かない振りをしてやり過ごしたかったのだが、案の定というべきか、ナギの思惑はジェイ・ザルゴに阻止された。

 

skyrimstory_12_40

「ん?ジェイ・ザルゴ達に言っているのか?」
「そうそう、お前さん達だよ。
…ふむ、見たところ魔術師のようだ」
「ほお!そんなことがわかるのか!」
「ああ、わかるとも。
まぁ、掛けたらどうだい」

 

skyrimstory_12_41

サム・グエヴェンと名乗った彼に促され、ジェイ・ザルゴはその隣へと腰を下ろした。
魔術師を志すカジートは極めて少数派で、魔術師のローブの上に暖かく丈夫な外套を羽織ったジェイ・ザルゴは
一見しただけでは魔術師とはわからないだろう。
魔術師として大成することを目指している彼にはその点は少々気にしており、それ故に一目で魔術師と見抜いたサムに
強い興味を抱いたようだ。

「試練と言ったか?いったい何の試練だ?ジェイ・ザルゴはもっと強い魔術師になるためなら、どんな試練も耐え抜いてみせる」
「ははは、試練たってそんな大層なことじゃないさ。
酒は嫌いじゃないだろう?
今からこの老いぼれと、杖をかけて飲み比べなんかどうだ?」
「杖だって?」
「ああ、そんじょそこらの宮廷魔術師じゃ扱っていないような大した代物だよ。
飲み比べをして、お前さんが勝ったらその杖をくれてやろう。
少し笑って、少し飲んで、勝負する。最高だろう?」
「よし!ジェイ・ザルゴは受けて立とう!」
「おいおい、言ってくれるな。こいつは特別に強い酒だぞ?」

 

skyrimstory_12_42

(ジェイ・ザルゴの奴…)

すっかり意気投合する2人の遣り取りに耳を傾けながら、ナギは小さく嘆息した。
止めに入る機会を逃したまま、盛り上がった2人は勝手に話を進めてしまっている。
あのサムとかいう人物、どうにも胡散臭い人物だが特に何か企んでいるようにも見えない。
「何となく関わらないほうがいい気がするから」という理由で、ご機嫌なジェイ・ザルゴの邪魔をするのも気が引ける。
何事かあった時にすぐ対処出来るよう、自分は素面のままで2人を見張っていよう。
この瞬間、ナギはそう決意した。

 

skyrimstory_12_43

そんなナギの決意など他所に、ジェイ・ザルゴとサム・グエヴェンの飲み比べの火蓋は切られた。

「最初の一杯だ。乾杯!」
「かんぱーい!」
「一杯飲み終わったぞ。そっちはどうだ?」
「ジェイ・ザルゴはまだまだ余裕だよ」
「らしいな。こっちはもう限界だ。
いいか、もう一杯飲めばそっちの勝ちにしてやろう」
「よし!もう一杯くれ」

 

skyrimstory_12_44

(随分と楽しそうに飲んでいるな)
2人から視線を逸らし、料理が並んだテーブルへと向き直る。
その時、テーブルの上に見覚えのある銘柄の瓶が目に入った。

(…確かメルセルが愛飲している銘柄だな)
彼の所持するリフトウィールド亭邸やラグド・フラゴンで何度か目にしたボトルを思い浮かべながら、そんなことを考える。
同時に、ナギがこれまで目にした中で最も不機嫌そうなメルセルの顔が脳裏に蘇った。
「死ぬまで禁酒しろ」と高圧的に言い放つメルセルに、日頃は彼に反抗的な態度を取ってばかりのナギも、
あの時ばかりは素直に頷いたものだ。
何故なら…

 

skyrimstory_12_45

思い出したくもない記憶を呼び覚まそしそうになり、慌てて首を横に振ってその記憶を振り払う。
その記憶に重りを付けて亡霊の海に沈める場面を強く想像し、自身の精神の安定を図る。

都合の悪い記憶を無理矢理封じ込めると、今度は飲酒への欲求が込み上げてくる。
メルセルに禁酒を命ぜられてから一滴も酒の類を口にしていないナギだが、決して嫌いなわけではない。
横目でジェイ・ザルゴを伺うと、意気揚々と三杯目の封を開けて中身を呷っている最中だ。

 

skyrimstory_12_46

(…少しぐらいならいいだろう)

場の雰囲気に呑まれ、「素面のまま2人を見張る」という決意はいとも簡単に崩れ去った。
ナギは酒は嫌いではないものの、強くはない…というか相当弱く、一杯目を飲み終えぬ内に意識がボヤけてきて、それ以上は何も覚えていない。

そして、今に至るというわけだ。

 

 

 

 

skyrimstory_12_47

(大丈夫だ。今回はどうやら、そこまでまずいことはしていない…らしい。多分)
先程のセナの言葉を反芻しながら、必死で自分にそう言い聞かせる。
セナの話を聞く限り、ナギも完全に潔白とは言えないものの主犯はジェイ・ザルゴだと思えた。

「んんぅー……」
間の抜けた呻き声が聞こえて、ナギは我へと返った。
見れば、起き抜けのジェイ・ザルゴが半身だけ起こして、まだ眠そうに目を擦っている。

 

skyrimstory_12_48

「あれ?ここは…?」
「ここはマルカルス…スカイリムの西部にある街で、ホワイトランからは遠く離れている」
「マルカルス…
何故、ジェイ・ザルゴ達はそんなところにいるんだ?
それにしても、よく寝た」

 

skyrimstory_12_49

ジェイ・ザルゴはそう言って立ち上がると、大きく伸びをした。
その様が聖堂内のディベラと酷似していて、それがナギには少しばかり可笑しかった。

 

skyrimstory_12_50

「単刀直入に言うが、どうやらあのサムという男は強力な幻惑魔法の使い手か何からしく、
気付けば私達2人はここに飛ばされていた」
「そうだった、ジェイ・ザルゴはサムに勝ったんだ!
サムはジェイ・ザルゴが勝てば杖をくれると約束してくれた
サムはどこに行ったんだろう?」

 

skyrimstory_12_51

「…この後に及んでまだそんなことを言っているのか、君は」

こんな訳のわからない状況に置かれても、ジェイ・ザルゴは通常運転だ。
ナギは呆れるのを通して尊敬の念さえ抱いた。
ナギの背後には石の祭壇があり、その上には供物などが整然と並べられ、燭台に立てられたロウソクが淡い炎で聖堂を照らしている。
これらは全て、ナギがジェイ・ザルゴが眠っている間に清掃を行った結果だ。

 

skyrimstory_12_52

「あら、お連れ様もお目覚めかしら?」

2人の様子に気付き、セナが近付いて来た。
先程に比べると声音も表情も和らいでいるものの、やはりジェイ・ザルゴに対する印象は良くないらしい。
随分とよく寝ていたわね、呆れた様子で大仰に肩を竦める。
しかしジェイ・ザルゴはまるで動じない。

「サムという男を見なかっただろうか?」
「サム?いいえ、私は知らないわ。
でも、確かあなた、酔っ払いながらロリクステッドがどうとか喚いていたわよ。
行ってみたらどうかしら?」
「なるほど。了解した。
セナ殿、この度は迷惑をおかけして本当に申し訳ない」

2人の会話に割って入ったナギは、セナに深々と頭を下げた。
つまりセナは「早く出て行って欲しい」と訴えているのだ。
ナギとしてもこれ以上長井する理由もなく、自分達の荷物を纏めてジェイ・ザルゴを引っ立てるようにして聖堂を後にする。

 

skyrimstory_12_53

石造りの聖堂の中にいた時はわからなかったが、すっかり日が落ちて宵闇の支配する時間になっていることにナギは驚いた。
ナギの記憶は収穫の月の18日の夕刻で途絶え、今日が19日ということは丸1日分の記憶が抜け落ちているということだ。

 

skyrimstory_12_54

「さて、ジェイ・ザルゴ。
今日はもう遅いから、この街で一泊することになるだろう。
大きな街だから、明日、運が良ければウィンターホールド行きの馬車に乗り込めるかもしれない」
「ん?ロリクステッドとかいうところに行くんだろう?」
「…何だと?」

 

skyrimstory_12_55

「サムはワインが水みたいに流れてくるいい場所に行こうとも言っていたよ。
それがロリクステッドなんじゃないかな?」
「あー…おそらくは違う。
その場所がどこなのかは知らないけれど、少なくともロリクステッドじゃないことだけは確かだ。
ロリクステッドはごく普通の小さな村だからな」
「そうなのか。
でも、どっちにしてもサムに関する手掛かりが得られるかもしれないから、
ジェイ・ザルゴはロリクステッドに行くことにするよ」

ジェイ・ザルゴの決意は固そうだ。
ナギは小さく呻いた。

「ジェイ・ザルゴ…君はウィンターホールド大学に入るために遥々スカイリムくんだりまでやって来たのだろう?
なのに、目的の場所に向かわずに寄り道していていいのか?」
「ジェイ・ザルゴはもっと強い魔術師になりたい。そのためにはもっと多くを学ぶ必要がある。
ウィンターホールド大学に入学するのもそのためだよ。
ナギはサムのことを強力な幻惑魔法の使い手だと想定していただろう?
ジェイ・ザルゴもそれに同感で、そして彼からは何か想像も付かないことを学べる予感がするんだ。
幸いにして大学は逃げないからね、ジェイ・ザルゴは今はサムにまた会いたい」
「…そうか」

ナギは嘆息しながら頷いた。
同時に決意が固まった。

「…ロリクステッドは帰り道の途中にあり、どの道通過しなければいけない村だ。
ついでだから、私も付き合うとしよう」
「本当かい!?
ああ、よかった。ナギと一緒のほうが楽しいからね」
「ロリクステッドが帰り道の途中にあるというだけだよ。あくまでついでに過ぎない」

 

skyrimstory_12_56

何の衒いもなく喜ぶジェイ・ザルゴに背を向けてナギは歩き出す。
ジェイ・ザルゴと同行するようになってから厄介事の連続だというのに、今の状況を受け入れ始めている自分に気付いてしまった。

それに、ナギも魔術の心得がある者としてサム・グエヴェンという人物に興味が沸いてきた。
果たして彼は何者なのか。
見た目通りの赤ら顔をした酔っ払いではないことだけは確かだろう。

 

skyrimstory_12_57

(別にこの状況を楽しんでいるとかそういうわけじゃないけれど。
ただ、自分の知的好奇心を満たしたいだけだ)

自分に言い聞かせるように、頭の中ではっきりと言葉を構築して繰り返しながらマルカルスの宿屋へと向かう。
空には青白い月が浮かび、石造りの街を煌々と照らしている。

 

0